では、予防の「切り札」とされているワクチンはどうか。実はRNAタイプのウイルスである新型コロナは、そもそもワクチンの開発が難しい。
「RNAウイルスは一般的にワクチンができにくいという特徴があります。たとえばインフルエンザはシーズンごとに違うタイプが出てくるので抗体が有効ではなくなり、毎年、新しいワクチンを打つ必要があります。やはりRNAタイプのエボラ出血熱やエイズ、同じコロナウイルスによるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)にもワクチンはありません」
例えば、肝炎ウイルスもB型肝炎は遺伝子がDNAタイプでワクチンがある。しかし、C型肝炎はRNAタイプでやはりワクチンがない。しかも、新型コロナは変異が著しく、仮にワクチンが開発されてもすぐに効かなくなるかもしれないというのも心配な点だ。
「抗体はウイルスのたんぱく質をターゲットにしますが、その性質が変わっていると反応できなくなることはあり得ます。いま、世界がワクチン開発に向けて協力しているので期待していますが、ウイルスの変化とワクチン開発のスピード競争になると思います。このウイルスがどのくらいの速さで変化していくのかということは大事な基盤となる情報ですから、遺伝子解析がきわめて重要になってくるのです」
ウイルスの遺伝情報の解析は急ぐべきと思われるのだが、日本では組織的な取り組みが十分になされていないと中村氏は問題視する。政府の専門家会議にもゲノム医療のスペシャリストは不在。この分野での研究を阻んでいるものは何か。
「感染者の血液などは国立感染症研究所(感染研)や保健所で厳格に管理されているので、国として大きな研究チームを組まない限り、多くの技術者たちにウイルスのサンプルは回りません。本来ならばウイルスの塩基配列をどんどん調べて、重症化した人と軽症で済んだ人に何の違いがあるのか、データにして今後の備えにしなければならないはずです。遺伝情報は感染ルートの分析にも役立ちます。私は感染研にウイルスのサンプルを一括して集め、すべて遺伝子解析するべきだと思います。その代わり、得られたデータは直ちに情報開示する必要がある。検査自体は簡単で、5万人分のウイルスの遺伝子解析が1日でできるような仕事なのに、いまだに行われません」