甲状腺の全摘手術をしたことによる甲状腺機能低下の場合は、ホルモン薬を生涯服用し続ける必要がある。橋本病などを起因とする甲状腺機能低下症の場合には、1~3カ月や半年ごとに受診して血液検査をし、TSH値などをみながら、ホルモン薬の補充が継続的に必要かどうかを医師が判断する。
「甲状腺ホルモンはもともと体内に存在しているため、ホルモン薬の副作用はほぼなく、安心して服用できます。むしろ甲状腺ホルモンが不足した状態が続けば、全身状態を悪化させることになりかねません。自覚症状がなくても、甲状腺機能の低下があれば治療したほうがいいでしょう」(同)
ヨウ素を多く含む昆布などの取りすぎやうがい薬の常用によるヨウ素過剰摂取が原因の機能低下症の場合は、摂取の制限をするだけで甲状腺機能の回復がみられることもあるという。
■甲状腺機能低下で不妊症や不育症にも
甲状腺機能検査は現在、多くの産婦人科でも妊娠前や妊娠初期に積極的に実施されるようになっている。甲状腺機能の低下が不妊症や不育症のリスク因子と考えられるようになったからだ。背景には出産年齢の高齢化や少子化もあり、少しでも妊娠出産時のリスクを減らしたい、と考える妊婦や家族たちが増えている。
「おなかの赤ちゃんの発育不全を予防するために、甲状腺機能検査で甲状腺ホルモン値が低い場合、おおむね妊娠20週までは甲状腺ホルモンを補充する場合が多いですね」(福成医師)
このほか、不整脈や高血圧などの持病がある場合、その薬が原因の甲状腺機能低下症もあるという。
「こうした持病の薬は原因になっているとわかっても簡単にやめるわけにはいきません。様子をみながら、甲状腺のホルモン薬を補充して治療していきます」(同)
2020年1月に甲状腺ホルモン薬の点滴薬、一般名レボチロキシンナトリウム水和物(商品名チラーヂンS静注液)が承認され、錠剤だけでなく点滴という新たな治療の選択肢も増えた。鈴木医師によると、極度に甲状腺ホルモンが低下して重度の甲状腺機能低下症になる粘液水腫性昏睡という意識障害のある場合や、経口摂取のできない甲状腺機能低下症の患者向けという。
甲状腺機能の低下が緩やかだと、ホルモンがほとんど出ていない状態になるまで気づかない人もいるため、注意が必要だ。
「甲状腺機能低下症はホルモン薬をしっかり飲んで補充できていれば、健康な人とほとんど変わらない生活を送ることができます。妊娠出産も問題ない場合がほとんどですから、ぜひ積極的に検査を受けて治療をし、不安があれば医師に相談してください」(鈴木医師)
(文・石川美香子)
≪取材協力≫
昭和大学横浜市北部病院 副院長 甲状腺センター長 福成信博医師
伊藤病院 内科 鈴木美穂医師
※週刊朝日ムック『新「名医」の最新治療2020』より