蒸留には毎回初めての発見がある。同じようで同じじゃない。それが楽しい(撮影/加藤夏子)
蒸留には毎回初めての発見がある。同じようで同じじゃない。それが楽しい(撮影/加藤夏子)
発酵させた果物を蒸留器に入れる。蒸留によって原材料はぎゅっと凝縮され、味はピンとシャープになる。例えば350ミリリットルのプラムの蒸留酒1本には3キロ以上のプラムが使われるという(撮影/加藤夏子)
発酵させた果物を蒸留器に入れる。蒸留によって原材料はぎゅっと凝縮され、味はピンとシャープになる。例えば350ミリリットルのプラムの蒸留酒1本には3キロ以上のプラムが使われるという(撮影/加藤夏子)

 2018年、千葉県大多喜町の元薬草園に蒸留所が誕生した。いちじくやレモンなどが日々、「命の水」へと生まれ変わる。果物や植物の香りをそのまま閉じ込めたような江口宏志さんの蒸留酒は、オンラインで販売されるやいなや、数分で売り切れる。失敗もあるし、同じ酒は二度と造れない。それがまた楽しい。人を巻き込み、人とつながりながら、江口さんは人生を謳歌している。

【写真】発酵させた果物を蒸留器に入れる

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 グラスから立ち上る香りが、ふわっ、と鼻腔をくすぐった。薄い琥珀色を帯びた液体は、ドライフルーツのような芳香を放っている。が、口に含んだ瞬間、ハッとした。甘くない。でも香りから、たしかに甘みを感じる。しっかりしたアルコールの奥に、青くみずみずしい味がある。これは、生のいちじくそのものだ──。

 江口宏志(48)の蒸留酒「FIG FEST(フィグ フェスト)」を初めて口にしたときの驚きは、いまも鮮明だ。いちじくの実を発酵させ、蒸留して取り出された液体。アルコール度数は高いが、荒々しさはなく、どこかやわらかい。一般にはフルーツブランデーに分類されるそれを、江口はフランス語で「命の水」を意味する「オー・ド・ビー」と呼ぶ。

「命の水」。いったい、どうやって造っているのだろう。新緑がまぶしい季節、千葉県大多喜町にある江口の蒸留所mitosayaを訪ねた。

 元薬草園だったという広い敷地に、さまざまなハーブや薬草が茂っている。うっそうとした緑のなかを、爽やかな風が吹きぬけていく。きなこ色の犬が嬉しそうに駆け回り、軒下でがくつろいでいる。まさに楽園がそこにあった。

 園内を歩きながら、江口が植物をもいで手渡してくれる。自身もモグモグと口に入れ、嬉しそうに話す。「これはアンゼリカ。葉がセロリみたいな味がするでしょ?」「クロモジの葉と花は香りはいいけど、思ったほどおいしくないんだよね」

 植物ももちろん蒸留酒に使われるが、主な原料となるのは果物だ。地元や全国各地の生産者のもとに足を運び、さまざまな果物を手に入れる。千葉のレモン、山梨の桃、高知のだいだい。それらを発酵させて、美しい銅製の蒸留器に入れ、蒸留する。

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思案する楽しみ