医療の現場では答えが出ない場面に多く遭遇します。きっとどこかに正しい解決策があると考えることは、人生において大切な考え方となりますが、医療ではときに弱点になりえます。京都大学医学部特定准教授の大塚篤司医師は、答えがない状況を耐え抜く力について語ります。
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ネガティブ・ケイパビリティーという言葉を知っていますか?
「答えが出ないことを耐え抜く力」を意味します。
この言葉はイギリス・ロマン主義の詩人ジョン・キーツが初めて書き記した概念といわれています。その後、イギリスの精神科医ウィルフレッド・R・ビオンによって、精神医学の分野でも使われるようになりました。
さて、私があたかもネガティブ・ケイパビリティーの専門家のように説明しましたが、お恥ずかしいことについ最近知った言葉です。
きっかけは『だから、もう眠らせてほしい』(晶文社)の著者でもあり、川崎市立井田病院の緩和ケア医である西智弘先生がWEB講演会で紹介してくれたことに始まります。
西先生は緩和ケア医の立場として、ネガティブ・ケイパビリティーの重要性を伝えています。
いろいろな場面で西先生も語っておられますが、医療の現場では答えが出ない場面に多く遭遇します。
例えば末期がんの告知。
人間誰しもいつかは死を迎えるものですが、それが決して今ではないと信じながら生きています。どこか遠く未来にある出来事として死は存在します。心では準備をしていても、いざ現実のものとして突きつけられると「今ではない」と感じるものです。
現代医学でも治せない病気は多く存在します。
そのことを受け入れることはとても難しいことです。
きっと世界のどこかに治す方法があるはずだ。
人生で成功体験を多く積み重ねてきた人ほど「ない答え」を求めてしまうように思います。
正しい解決策の存在を信じ、それを探し出す力。
これがネガティブ・ケイパビリティーの反対の概念であるポジティブ・ケイパビリティーです。