お話を聞いてみると、夫は家にはいるけど、仕事をしているか、動画を見ているか、ゲームをしているか、寝ているかなのだそうです。

 直美さんは、

「夫が家にいれば、一緒に過ごす時間が増えるものだと思い込んでいたのに気づきました」

 とおっしゃいます。問わず語りに、直美さんは続けました。

 お二人には子どもがいないので、夫がいない一人の時間を一人で過ごさないで済むようにするために犬を飼っていました。しかし、犬を飼い始めてしばらくしたころ、故郷の本での地震をみて、「今ここで大地震があったら、夫とではなくて犬と死ぬんだ」という考えが浮かび、数日間、その考えが離れなくなってしまったそうです。

 そのことは忘れていたそうですが、思い出してみると、その頃から夫にもっと家にいて欲しいと言うようになったそうです。

 直美さんは一昭さんに、

「私は寂しい」

 と言いました。目に涙をためています。一昭さんは、

「今はずっと家にいるじゃん」

 と言いましたので、

「そう言いながらどう感じていますか?」

 とお聞きすると、

「24時間一緒にいるのに寂しいといわれてしまうとこれ以上何もできませんし、寂しいっていうのはそもそも気持ちの問題なので、こういったところでカウンセリングを受けて自分で対処してもらうしかないと思います」

 とおっしゃいました。直美さんに、

「ご主人はこうおっしゃっていますが、どう思いますか?」

 とお聞きしてみました。

「夫は、私には興味がないんだってことがはっきりわかりました」

 一昭さんが割り込みます。

「そんなことないよ。君のことが大事じゃないはずないじゃん」

 直美さんは、

「あなたのことは好きだけど、こんな生活が続くならあなたとは別れてピース(犬)と暮らす」

 と言いました。

 私もびっくりしましたが、一昭さんはもっとびっくりして、あからさまにおろおろされました。おろおろするというのは、気持ちが揺さぶられているので、もしかしたら一昭さんも一昭さんなりに(自分から見た)本質的なことに気づくかもしれません。

 そうやって、それぞれが(自分から見た)より本質的なことに気づいたとき、揺らぎが起こって、新しい関係性が構築されます。そういう揺らぎを正面から受け止めて構造改革しないのは、良い悪いは別として失われた30年ともいわれる日本の姿と同じ構図のように思えます。

                         (文・西澤寿樹)

※事例は実例をもとに再構成してあります。

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