そして再び「愛の不時着」に戻るなら、ジョンヒョクは最初から「家事をする男」だった。不時着してきたセリのために麺をゆで、豆を煎ってコーヒーをいれた。その姿にあらゆる女子がもっていかれたのは、これまでの道があったから。そしてヒョンビンがマッチョでない男性だから。そう思う。
他にも、ヒョンビン沼には「愛の不時着」への布石がたくさん落ちていた。もう誰も使わなくなったポケベルで、最後にヒロインからメッセージが送られる「雪の女王」。「愛の不時着」でセリに届く予約メールだな、と思う。映画「王宮の夜鬼」で、「王たるもの」を自覚したチャラい王子のヒョンビンが、最後に「遅れて、すまない」と民につぶやく。軍事境界線を越える時、別れがたいジョンヒョクが道を間違えたふりをして、セリに「すまない」と言う。その声と重なる。
我が心も、ヒョンビンも、すべての道は「愛の不時着」に通ず。そんな、沼。(コラムニスト・矢部万紀子)
※AERA 2020年8月10日-17日合併号より抜粋