ラモス瑠偉(写真)らスター選手が夢の競演を果たしたJリーグのオールスター (c)朝日新聞社
ラモス瑠偉(写真)らスター選手が夢の競演を果たしたJリーグのオールスター (c)朝日新聞社

 かつて、日本サッカー界の夏の風物詩の一つに、「Jリーグオールスターサッカー」があった。J発足元年の1993年から2007年まで全15回、本拠地を基準に「J-EAST」と「J-WEST」の東西2チームに分け(例外年あり)、サポーター投票で選ばれた11人とリーグ推薦枠5人の計16人ずつで試合を実施。MVP(賞金100万円と高級外車)のほか、敢闘賞、MIPが表彰され、大きな盛り上がりを見せていた。

 第1回のJリーグオールスターは1993年7月17日、神戸ユニバー競技場で行われ、4万2790人のファンが駆けつけた。地上波でも生中継で全国放送され、解説にセルジオ越後、ゲストに明石家さんまという布陣。雨が降る中で始まった試合は、「J-EAST」が中盤でラモス瑠偉、リトバルスキー、木村和司が華麗なパス交換を続けた中、当時26歳、東京ヴェルディ所属の“カズ”ことFW三浦知良が前半19分と同38分に、「J-WEST」の賈秀全、モネール、堀池巧、大嶽直人のDFラインを突破し、ともに右足でゴールネットを揺らしてカズダンスを披露。後半に入って「J-WEST」が永島昭浩のゴールで1点を返したが、そのまま2対1で試合終了。初代MVPに選ばれたカズが高級外車の前で無数のフラッシュライトを浴びた。

 豪華外国人の共演もオールスターの醍醐味だった。「J-ヴェガ」対「J-アルタイル」に分かれ、長居スタジアムで行われた1996年のオールスターでは、「J-ヴェガ」がレオナルドとストイコビッチが豪華2トップを形成。特に“ピクシー”ことストイコビッチが別格のパフォーマンスを披露し、前半6分に得意のキックフェイトで、後半23分には股抜きドリブルで中央を突破してゴールネットを揺らして計2得点をマーク。名古屋グランパスエイトで計8年間プレーしたストイコビッチは、1998年、1999年、2000年にもオールスターで得点を決め、1996年、1998年、2000年はMVPに輝いている。オールスターの個人通算得点5点は“キングカズ”と並んで歴代2位で、MVP通算3回は歴代トップ。華麗なテクニックで常に観衆を魅了し、スター軍団の中でもピカイチの存在感を放った。

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“初のカズ・ゴン対決”も実現