静かにレコードに浸り、同士と思いを共有する聖地――。ジャズ喫茶とは今もそんな場所だ。
【映画「ジャズ喫茶 ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」の一場面の続きはこちら】
1960年代が最盛期だったと言われるジャズ喫茶。閉店の知らせが年々増えているものの、日本固有の文化として、各地の名店は今なお根強いファンたちに親しまれている。愛好家同士の絆も深い。東日本大震災の際は、被災した岩手県陸前高田市の「ジャズタイムジョニー」の再建支援を目的に、自主制作雑誌「ジャズ喫茶案内」が創刊された。売り上げの一部を寄付するこの試みは、今春のコロナ禍で経営が厳しくなった東京・四谷の老舗店「いーぐる」にも実施された。ジャズ喫茶はただ単にレコードを聴く場ではなく、ジャズを、音楽を愛する人びとにとってのヒューマンなエネルギーを分かち合う場所にもなっているのだ。
そんなジャズ喫茶の神髄を味わえる映画「ジャズ喫茶 ベイシー Swiftyの譚詩(Ballad)」がまもなく公開される。
岩手県一関市で50年にわたり営業を続ける老舗のジャズ喫茶「ベイシー」に焦点を当てたドキュメンタリー映画だ。1942年生まれのマスター、菅原正二のインタビューを軸に、さまざまな要人、著名人のコメント、人気アーティストの貴重なライブ映像などを組み合わせてまとめられている。
渡辺貞夫や坂田明といったビッグネームが「ベイシー」で演奏するシーンは、それぞれ限られた時間ながらも見応え十分。狭い店内で、目の前で演奏が熱く繰り広げられる場面は迫力満点だ。デビュー映画のロケ地が「ベイシー」だったという俳優の鈴木京香や、ジャズの自由さを語る世界的指揮者の小澤征爾の発言も愛とユーモアがたっぷり。東京・新宿「DUG」の創立者である中平穂積のような他店の人も、「ベイシー」の魅力を余すことなく語る。「ベイシー」をよく知る者も、足を運んだことのない者も、本作を観れば「なんの変哲もない場所」(劇中より)にある、この宝物のような店に強烈に引きつけられるだろう。
だが、この映画の最大の魅力は、ジャズやジャズ喫茶のなんたるかではなく、人と人とが互いに交歓できることの素晴らしさを実感できるところだろう。ジャズのことなんて、場合によってはほとんど知らなくてもいい。それより自分の感覚、自分の言葉、自分の考えで行動し、判断できることの豊かさ、いいと思えばいいと言い、ダメならダメと言う、その気概が何より大切であるということを、この作品は教えてくれる。