柔道の世界チャンピオンと医学部への進学。大きな“二兎”を追い続けた朝比奈沙羅選手が歩んだ道は、決して平坦ではなかったという。現在発売中の『医学部に入る2021』では、朝比奈選手にインタビューした。両方を目指すことに、ときには周囲の反感を買いながら厳しい稽古と受験勉強をやり抜いたと語る彼女は今、そこで培った不屈の精神を、今度は医師となる学びへ向ける。
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朝比奈沙羅選手が払い腰を決めると、パーンと小気味よい音が響いた。場所は栃木県立宇都宮高校の道場。柔道部の市川敦敏監督を相手に稽古に臨んでいた。
今春、朝比奈選手は県内にある獨協医科大学に進学した。大学近くに居を移した当初は新型コロナウイルスの影響で稽古にも思うように取り組めない状況が続いたが、現在は宇都宮高校をはじめ国学院栃木高校の柔道部や地元スポーツクラブの協力を得て、練習環境が整いつつある。
「いまは焦っても仕方ない。まずは自分がやれることをやろうと基礎固めに集中しています」
2018年世界選手権女子78キロ超級元女王の朝比奈選手は、日本を代表する柔道選手のひとりだ。東京五輪代表は逃したものの補欠入りが有望視されており、五輪が開催される年までは「闘う医学生」として現役を続ける予定だ。
■恋に落ちたような柔道との出合いと、医師になるという夢
朝比奈選手は歯科医の祖父、歯科麻酔科医として病院に勤務する父、歯科医院の開業医である母という医師の家系で育った。両親が共働きだったため、小さいころから水泳、エアロビクス、そろばんと、習い事をはしごするような日々だった。
柔道を始めたのは、ほんの偶然だった。小2のときアテネ五輪があり、テレビでたまたま見た鈴木桂治選手の活躍に目が釘付けになる。100キロ超級決勝で金メダルを獲得した試合だ。
「気がついたら、テレビの前で正座をしていた。とにかく鈴木選手がキラキラして見えた。恋に落ちたみたいに柔道に引きつけられたのです」