監督2作目となる長編映画が動きだした。準備は大変だったが、撮影が始まると、弘徽殿の女御のセリフに、何度も励まされたという。

「小説の中で内館さんは、『若い人に負けじと若作りをしたり、生意気だと言って若い芽を摘むのではなく、若い人には負ければいい。自分が今置かれている状況を受け入れ、自分を知ることで、年相応の輝きを身につける。それが人間の品格であり、品性だ』というメッセージを伝えたかったのではないでしょうか」

「人は、何かとの出会いによって、いくつになっても成長していけると思う」と黒木さんは言う。

「この映画では、伊藤健太郎くん演じる雷が、源氏物語の世界を体験することで成長していきますが、映画の最初と最後で、健太郎くんの顔つきが明らかに変わっているんです。何かを感じて、何かを掴んで、何かが起こった日々だったんだろうなということが想像できて、そこは嬉しかったです」

 何でも器用にこなす健太郎さんだったが、黒木さんが台本にない行為を無茶振りしたときは、戸惑いながらもやってのけた。そこに、多分本人も想像していなかったような顔が映っていたらしい。

「役者は、演じているとき、自分が今どんな顔をしているか大体想像がつくものです。でもだからこそ、想像している顔じゃない顔が映ったときが一番魅力的でもある。弘徽殿の女御を演じた三吉彩花さんにも、私が知っていることは全て伝えたくて、最初はワークショップみたいにマンツーマンで演技指導をしていたんです。でも、あるときから私がいろいろアドバイスしたことから解き放たれて、オリジナリティーのある弘徽殿の女御に突き進んでいった。それが画面を見ていて如実にわかって、ワクワクしました」

 役者と監督、どちらも仕事の基礎になるのは想像力。映画人は時折、「映画の神様が降りてくる」という表現を使うが、黒木さんにとって、若い健太郎さんや三吉さんが想像以上の芝居をしてくれたことが、映画の神様が降りてきた瞬間だったのかもしれない。

※この記事は10月28日以前のインタビューをもとにしたものです。

>>【後編:「黒木瞳が映画監督として楽しみなのは? 茶目っ気たっぷりの答えは…!」へ続く】

(菊地陽子 構成/長沢明)

黒木瞳(くろき・ひとみ)/福岡県出身。1981年、宝塚歌劇団に入団し、入団2年目で月組娘役トップに。85年退団。多くの映画、ドラマ、CM、舞台に出演。「化身」(86年)では日本アカデミー賞新人俳優賞、「失楽園」(97年)では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など、数々の賞を受賞。2016年「嫌な女」で映画監督デビュー。翌年「わかれうた」が配信された。著書『母の言い訳』では日本文芸大賞エッセイ賞を受賞。

週刊朝日  2020年11月13日号より抜粋

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