春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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イラスト/もりいくすお
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 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「終電」。

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 もう11月。こりゃ瞬きしてるうちに暮れになるぞ。忘れないうちに早めに言っておこう。メリクリ。ちょっと早いが、あけおめ、そして鬼は外。

 今年はオモテで遅くまで呑むことも少なかった。忘年会も少人数での開催、もしくは中止だろうなぁ。会社内での飲み会は禁止されていたり、届け出をして許可を得て……というところも多いらしい。

 ほんと世知辛い世の中になりました。『終電』が鉄道会社によっては早まるらしい。そういえばここのところ『終電』を気にして呑む……ということをしていない。都内23区なら、まぁタクシーに乗っても金額はたかがしれてるしね。若い頃に比べると私も豊かになった。よわったね。偉くなっちゃったねー。

 なんつってね。もっとも40過ぎて酒に弱くなったのか、終電近くなるとベロベロで「タクシー代どーってことねー」と気が大きくなるだけなのだ。翌朝、くしゃくしゃになったレシートを見て後悔することしきり。1時にタクシーに乗ってるし。もうちょい早く店を出れば終電に乗れたじゃないのさ。我ながらシラフのときの性根はみみっちいものだ。しかも最寄りのターミナル駅までは終電で行ってるし。タクシー代も初乗りに毛の生えたような額だし。

 前座の頃は終電を逃すとたいがい朝までコースだったな。上野で呑めば安いチェーンの居酒屋を5時に放り出されて、24時間やってるもっと安い居酒屋に河岸を変えて、朝湯が開くと御徒町の「燕湯」でひとっ風呂浴びて、そのまま帰らず上野鈴本演芸場へ。

 酒の匂いをぷんぷんさせながらまだ誰も居ない木戸をくぐって、楽屋に一番乗り。自分一人の楽屋。一番偉い人が座る上座の座椅子に腰掛けてみたりする。やっぱり見晴らしがいい。いつになったらこんな所に座れるようになるのか、気が遠くなるよ。

 楽屋のテレビをつけた。せっかく独りなんだから、観たいチャンネルを観てやろう。しかし前座になってしばらくゆっくりテレビも観てないので、何が観たいのかもわからない。エアコンをつけて楽屋の畳に寝そべってみる。この時間帯でなければこんなこと不可能だ。快適。あぁ、デカいテレビとエアコンが欲しい。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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