春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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イラスト/もりいくすお
イラスト/もりいくすお

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「鍋」。

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 子どものころ、我が家のすき焼きはブタだった。「黒豚」とか「もち豚」とかじゃない、1パックいくらの庶民的なブタ。いわばその辺の野ブタ(違うか)。美味しかった。満足だった。それで十分だった。

「どうやらすき焼きとは本来ウシ」と知ったのは漫画『美味しんぼ』を読んでから。12歳離れた姉の彼氏が12歳の私に『美味しんぼ』を全巻くれたのだ。なぜだ? 弟を『美味しんぼ』で取り込もうとしたのか? チョイスがおかしくないか? 5巻「牛なべの味」で美食倶楽部主宰・海原雄山が「すき焼きとは牛肉を一番まずく食べる方法」と言っていた。待ってくれ、雄山。すき焼きってウシなのか? こっちはずーっと泥まみれの野ブタを煮たもの(違う?)だと思ってたよ。ブタはウシの代用食材だったのか。それなのに私が食べたことのないウシのすき焼きを「一番まずく食べる方法」って!? 雁屋哲(原作者)に夢を砕かれた中1の私。

 大学生になり食べ放題チェーンで初めてウシのすき焼きを食べた。1980円で食べ放題。舌がブタに慣れ切っていたのと、海原雄山(雁屋哲)の余計な戯言のせいで美味しく感じられず。以来、私のなかですき焼きはブタ。断固としてブタ。野ブタなのだ。

 また『美味しんぼ』のはなし。3巻「土鍋の力」では30年以上も使い込んだすっぽんの土鍋を使って雑炊を作る主人公・山岡士郎。材料は水、醤油、米のみ。「土鍋にすっぽんの味が染み込んでそれだけでも美味い」らしい。貧乏くせぇ。しゃらくせぇ。ブタをぶち込め、しめたての野ブタを!! あの親子は何を言ってんだ!! ……でも『美味しんぼ』、大好きだ。

 先日、仙台にて。「セリ鍋が美味しいんですよ、仙台は」と誘われた。「セリと何が入ってるの?」「セリのみじゃないと思いますけど」。当たり前だ。草だけってこたぁねぇだろ。「流行り始めたのはここ10年くらいみたいです」。この人もあまり詳しくないようだ。正直だな。秋田できりたんぽ鍋を食べた時もセリが入っていた。秋田では脇役。仙台では主役にまで躍り出たセリ。やりおるわい。

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