インタビューを終え、日立自動車の事務所を出て綾瀬駅を目指して歩く。相変わらず土砂降りの雨が続いていたが、何も食べていなかったので、早朝から開いている店を探して綾瀬駅の周辺を歩き回った。

 綾瀬には、マンションが多い。常磐線で亀有よりもひとつ上野寄りの綾瀬は、都心に通勤しやすいわりに、案外、地価が安いのかもしれない。マンションの住人の子弟が通うのか、大手予備校の看板も目立つ。資産を持たない人間は、頭か体を使って食っていくしかない。

 駅の北側に、朝からやっている居酒屋兼定食屋があった。店内を覗いてみると、案の定、明け番らしい男性ドライバーが5、6人でテーブルを囲んでいる。テーブルの上には、おかずの皿が数枚とビールの瓶が数本。

 店に入ると、ハムエッグ定食などというメニューがある。なんだか懐かしい気分になって頼んでしまったが、贅沢にも卵がふたつにハムが2枚乗ってきた。ドライバーたちを真似て、瓶ビールを頼む。朝から飲むビールは、すぐに酔いが回る。

 ドライバーたちの会話に耳を傾けてみると、あの交差点を曲がるとどうとか、高速の入り口があそこにあってとか、今度新しいホテルができたからどうだとか、地理の話を一所懸命にしている。夕べは4万で上がっちゃってさというのは、水揚げの話だろう。男は仕事が終わっても、集まって仕事の話ばかりしている。

 酔った勢いで、サバ味噌に豚の生姜焼きまで頼んでしまい、たらふく食べて外に出る。いずれも安くて旨い。店の看板をよく見ると、店名は「かあちゃん」である。たぶん男は、何をやっても絶対女性にはかなわないのだろうと、酔った頭で考えながら、通勤客で混み合う電車に乗り込んだ。

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山田清機

山田清機

山田清機(やまだ・せいき)/ノンフィクション作家。1963年生まれ。早稲田大学卒業。鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に『東京タクシードライバー』(第13回新潮ドキュメント賞候補)、『東京湾岸畸人伝』。SNSでは「売文で糊口をしのぐ大センセイ」と呼ばれている

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