ノンフィクションライター・山田清機氏による『東京タクシードライバー』(朝日文庫・第13回新潮ドキュメント賞候補作)。山田氏がタクシードライバーに惹かれ、彼らを取材し描き出した人生模様は、決してハッピーエンドとは限らない。にもかかわらず、読むと少し勇気をもらえる、そんな作品となった。今回はある女性ドライバーのストーリーをお届けする。失敗ばかりでもタクシードライバーを続ける彼女の「現実」とは……。
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綾瀬にある日立自動車交通(日本交通グループ)の早朝の応接室に現れたのは、仲村今日子という女性ドライバーである。
日本交通グループの男性と同じデザインの制服を着ているが、どう見てもオーバーサイズだ。肩が落ちてしまっている。色白で華奢な印象は、およそタクシードライバーらしくないのだが、それもそのはず、まだ営業を始めてから10カ月しかたっていない初心者だという。
仲村は、ひとりで営業に出るようになってからわずか数日間のうちに、3人の客から「タクシードライバーはやめた方がいい」と忠告を受けている。
「お客様のプライバシーは口外してはいけない規則になっているので、どこからどこまでお乗せした方かは言えませんけれど、ひとりで営業を始めて間もない頃、キャリアウーマン風の方をお乗せしたことがありました。お乗りになった瞬間からものすごく急いでいらして、国道でもどんどん前に出ろとおっしゃいます。高速の乗り口がわからなくて、教えていただいてようやく乗ったら、今度はどんどん車線を変えて前の車を追い越せとおっしゃいます。高速で追い越しなんて怖くてやったことがなかったのですが、もたもた走るなと。私がきびきび走れればよかったのですが、そのうちに、携帯でうちの会社に電話をおかけになって、この人ぜんぜん道知らないし、なんとかしてほしいんですけどって言っているのが聞こえてきました。
道を教えていただきながらなんとか目的地にはたどり着けたのですが、さすがに料金を下さいとは言えなくて、お金は結構ですからと言うと、今日のあなたの仕事に幾らの価値があると思うのとおっしゃいます。メーターは1000円を超えていましたけれど、ご迷惑をおかけしたので初乗りの710円だけでもいただければと言うと、710円だけ払って下さいました。そして車を降りる時、あなたよくこれで仕事してるわね、絶対に向いてなわよと言って降りていかれました。その時は私、辛くて、本当に泣きました」