お話をしたくない方が多いようなので、私もなるべく話しかけないようにしていますが、密室なので、私が緊張しているとお客様にもそれが伝わってしまうのがわかります。反対に、後部座席から何か温かいものが伝わってくることがあって、言葉は交わさないのに車内の空気が和むこともあります。
お客様と唯一接触するのは料金の受け渡しの時ですけれど、降りるずいぶん前から小銭を用意される方もいるし、お釣りをお渡しするとき、いかにも手に触れられたくなさそうにする方もいるし、女性の場合はいろいろなネイルの方がいらっしゃるので、指先からどんな人なんだろうって想像するんです。指先と香りだけのお付き合いですけれど、勤務中の楽しみといえばそれぐらいでしょうか」
仲村は鬱病を経験してから、一日一日を生き抜くことだけを考えて、先のことはあまり考えないようにしている。客に小言を言われたり叱られたりしても、むしろ、わざわざ言ってくれたんだ、わざわざ教えてくれたんだと思うようにしている。
「私、背が高かったら宝塚の男役になりたかったんです。いまでも、短髪のキリっとした女性に憧れますね。男性はナイーブで過去の失敗を引きずる人が多いけれど、私はあまりクヨクヨしません。お客様だって人間なんだから、話せばわかるはずです。取って食われるわけじゃありませんからね。
私、犬や猫が大好きなので、犬の散歩をしている人に出会うと人よりも犬を見てしまうんです。動物は好きですけれど、離婚して以降、男性はあまり好きだと思えなくなってしまいました。男性って、女性が嫌がることを誤解している人が多いですよね」
近頃、母親に認知症を疑わせる言動が多くなってきた。仲村は家にいるのが好きなタイプだが、ストレスがたまってくるとカラオケに行く。ただし、ひとりである。ひとりで2時間、うたいたい歌をうたいまくる。十八番は杏里の「悲しみが止まらない」。男友達はいなくはないが、カラオケには一緒に行かない。