「楽しむことはできました。でも点数的にはいい演技だったとは言えない内容だと思うので、修正しながら頑張りたいです」
■思いを演技で具現化
翌日のフリーは「天と地と」。衣装は青緑色の美しい着物風で、花や鳥が舞う可憐な装飾や柔らかな生地感が、妖艶な美しさを感じさせる。羽生自身も演技には「しなやかだからこそできる鋭さ」をこめたという。
冒頭の4回転ループを軽やかに降りると、残る4回転サルコーやトーループは「自信があった」。4回転4本の高難度プログラムにもかかわらず、ジャンプは音楽に溶け込みストレスを感じさせない。戦いと葛藤のはざまを揺れる魂が、その炎を燃やしているような演技だった。
「自分が(自分を)違うところから見ていた感覚でした」
フリーは215.83点。得点をみてうなずくと、
「みんな健康で帰ってください」
と会場に向かって叫んだ。
「ジャンプを完成させないと、プログラムの一連の流れとして伝えたいものも伝わらなくなってしまいます。今日はジャンプをシームレスに跳べたのが、表現として完成できたところです」
その上で、前夜のショートについても語った。
「昨日の演技はちょっと粗削りだったと思います。『ジャンプ跳べたぜイエーイ』みたいのじゃなく、ロビー(・ウィリアムス)なら、もっとスマートな余裕のあるロックにしたいというのが反省点です」
いかに余裕を醸し出せるか。もはやジャンプがパーフェクトであることは大前提という境地に至っている様子だった。
羽生にとってコロナ禍での10カ月は、葛藤の末に何かを掴んだ時間になった。試合に出たくても自粛し、孤独に耐え、それでも人々に伝えたい気持ちと自身がスケートを大好きだという気持ちがある。すべての感情をのみ込み、あふれる思いを二つの演技で具現化したこと。それが何よりの勝利だった。
2日後のエキシビションでは、自身を葛藤から救ってくれた「春よ、来い」を演じた。
「この世の中に一番伝えたいメッセージ。少しでも心が温かくなる演技がしたかった」
自己犠牲の先に見いだしたのは、みんなを幸せにしたいという気持ち。26歳の羽生は、また一つ、新たな壁を越えた。(ライター・野口美恵)
※AERA 2021年1月18日号より抜粋