「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第42回は、ミャンマーのクーデターについて。情勢は、国軍とNLDの対立という単純な構図では語れないという。
【写真】このときは輝いていた。ノーベル平和賞受賞したスーチー氏
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ミャンマーの少数民族、ラカイン族とのつきあいが長い。そのひとり、飲食店で働くMさん(54)の表情は晴れない。テレビからは、クーデターを起こしたミャンマー国軍に対する抗議デモが報じられている。
「ビルマ族同士の話ですよ。僕らラカイン族は関係ない」
ミャンマーは多民族国家だ。国土の中心エリアに多いビルマ族は人口の約70%で、周辺部にはシャン族、ラカイン族などの少数民族約30%が暮らしている。ミャンマー軍と少数民族間の紛争は軍事政権時代から続いている。
2011年に軍事政権から民政化が実現し、少数民族との融和策が打ち出されたが……。
ポイントは2015年の選挙だといわれる。そのとき、アウンサンスーチー率いるNLD(国民民主連盟)が勝利を収める。Mさんはこう解説する。
「ラカイン州では、NLDとは違う、私たちが支持する政党が大多数の議席を占めた。しかしNLDはその族党のトップを知事には認めず、NLDの党員を知事にした。結局、NLDも国軍と同じだった」
ラカイン州ではその後、ロヒンギャとミャンマー国軍が対立。多くのロヒンギャ難民が隣国のバングラデシュに逃れた。その数は100万人を超えている。いまのラカイン州はアラカン族の軍隊とミャンマー国軍の戦闘が激しさを増している。ラカイン州の北部は国軍が撤退し、ラカイン族の軍隊が抑えている。このエリアでは、昨年11月の選挙もできなかった。
ラカイン族に限らず、ミャンマーの少数民族は、ミャンマー国軍の弱体化を感じとっている。離脱する兵士が目立つという。士気も高くない。新しく国軍の兵士になれば、日本円で20万円ほどの一時金がもらえる話は多くのミャンマー人が知っている。