「俳優を続けられているのは、合っている、合っていないは置いておいて、『これしかできないだろうな』って感覚があるからです。でも、これまで経験したバイトも全部面白かった。ラーメン屋でも、ラーメンがお客さんのところに届けられるまでの工程は、僕らが舞台に携わるときの準備と同じくらい大変なんだってわかったし、ジムでバイトしていたときも、そこのトレーナーたちは、俺の歩き方を見て、体の弱点を指摘したりできるくらい、体の仕組みを熟知していた。全ての職業は奥が深いなと思います」
年が明けてから、吉原さんは久しぶりに盟友・小川絵梨子さんの演出を受けている。英国演劇界の至宝と呼ばれるトム・ストッパードの「ほんとうのハウンド警部」に出演するのだ。
「小川絵梨子に厳しく稽古をつけられるときは、あとで考えると、必ず俺の転機になっているんです。彼女は、いつも芝居の先、演技の先を見据えていて、何か言われるたびに、『うわー、俺は何をしていたんだ』『うわ、ここだ、ずっと逃げてたとこだ』とか思う(笑)。毎回、『追いつけないな』って、ビシバシ刺激を受けるんですけど、絵梨ちゃんにもそういう永遠に追いつけない存在がいて、それが宮崎駿さんなんですよ。僕ら二人とも宮崎駿さん教なんです」
褒められることは嫌いじゃないし、「いいね」と言われれば気分がいい。でも、何も言われない俳優にはなりたくない。
「結局、この常に修業している感じが、性に合っているんでしょうね」
その実直さ、不器用さがどれほど周囲を笑顔にし、同時に刺激を与えているか。案外、本人は気づいていないようだ。
(菊地陽子 構成/長沢明)
吉原光夫(よしはら・みつお)/1978年生まれ。東京都出身。劇団四季「ライオンキング」などの作品で主要キャストとして活躍。2007年に退団。09年「Artist Company 響人(ひびきびと)」を立ち上げる。11年、「レ・ミゼラブル」では日本公演歴代最年少の32歳で主役のジャン・バルジャンを演じる。舞台を主軸に活動しながら、20年NHK連続テレビ小説「エール」の岩城役で、お茶の間からも注目された。
※週刊朝日 2021年3月12日号より抜粋

