春風亭一之輔・落語家
春風亭一之輔・落語家
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イラスト/もりいくすお
イラスト/もりいくすお

 落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「俳句」。

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 15年くらい前のこと。石川県の方からメールで仕事の依頼がきた。初めての方である。

・生で若手の落語が聴きたい。
・でもギャラはそんなにたくさん出せない。

 その頃は上の子どもが出来てすぐ。食うために薄利多売で何処へでも。五七五で言ってみた。

 小松空港に迎えに来た人の良さそうなおじさん。「Mさん」とする。助手席に乗せられ、高速にのる。無口な人で会話が弾まない。しばらく無言だったMさんが「この先に面白い看板があるんですわ」と言った。「『美川 県一の町』ですか?」とつい返してしまった私。小松空港からの旅のお約束である。今はその看板はもうないようだけど。「……」。自ら会話の流れを堰き止めてしまった。沈黙は続く。

 松任市(現・白山市)。初めて来た。石川つながりで「そういえば『加賀の千代』って落語がありますよ」と苦し紛れに振ると、Mさんは驚いた顔で「ホントですか!? 会場はお千代さんの所縁の寺が近所なんです!」。この辺りじゃ「加賀の千代」は島倉感覚のようだ。「その噺、やって頂けませんか!?」「別にいいですけど」と流れ上、安請け合い。

 この『加賀の千代』、そんなに面白くない。金に困った亭主が御隠居さんに無心にいく……だけの噺。「昔、加賀の千代女が詠んだ句に『朝顔や 釣瓶とられて もらい水』ってのがあるの。朝顔を可愛がって井戸で水を汲まずに近所にもらい水に行った千代さんみたいに、御隠居さんはお前さんを可愛がってるからお金貸してくれるよ。行っといで!」とカミさんに送り出されるボンヤリ亭主。内容はこれだけ。しかも私は覚えたて。大丈夫か?

 とりあえず、お寺にお参り。お千代さんの碑があった。ほとんど覚えてないけど、なんかあった。いざ、落語会が始まる。まずはMさんの挨拶。

「今日は一之輔さんにご当地にまつわる『加賀の千代』という爆笑落語をご披露して頂きます!」。『爆笑落語』? いつそんなこと言った? 「あんまり笑うところないですけど」ってあれだけ予防線張ってたのに、軽々飛び越えてきたMさん。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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