建物も立派で、立地も素晴らしいのに、ここがどういう建物か知らない人は大勢いる。近所に住んでいながら一歩も足を踏み入れたことがない人、しょっちゅう前の道を通りながら、劇場であることを知らない人。そんな人にどうアピールしていくかを考えた。

「1階のアトリウム(広場)に特設劇場を作ることにしたんです。さっきも話に出た新ロイヤル大衆舎が、4年前、関西将棋界のレジェンド坂田三吉の一代記『王将』を下北沢の『楽園』という劇場で上演したことがあります。ほぼ楽屋もない、客席数80足らずという、下北沢でも一番小さな劇場で、全部通したら6時間にもなる3部作を上演したことは、無謀な挑戦でした。でも、だからこそ面白かった(笑)。このKAATの1階は広場になっています。ならば、通りからも見えるこの場所に特設ステージを作ったら、建物の外にまで“賑わい”を伝えていけるのではないだろうか、と」

 道を歩いている人の腕を掴んで「あなたお芝居見なさいよ」とは言えない。でも、「ここで何かやっているんだ、面白そうだな」と足を止めさせるぐらいのことはできる。

「演劇って、値段も高いし、見たことがない人にはハードルも高い。でも“何かやっているアピール”を積み重ねて、5年も経てば、『一回ぐらい見てみるか』となるかもしれない。少し長い目で、開かれた劇場を作っていけないかと思っています」

 最後に、「年齢を重ねることの喜びがあるとすれば?」と質問すると、「経験を積んだことで、戯曲の読解力が深まっていることですかね」と答えた。

「今45歳ですが、本気で演劇を始めたのが高3から大学1年にかけてなので、もう27年ぐらい経つんです。最初の頃は不勉強だから、アーサー・ミラーがピュリツァー賞をとった『セールスマンの死』を読んでも、『そうか、家族劇か』としか思わなかった。それが、今ならば社会の中にある家族の話なのかと、もう一歩踏み込んだところで、人間や社会に思いを馳せることができる。日本語の戯曲は特にそうです。昭和初期から終戦後の復興期にかけて活躍した三好十郎の戯曲にも、彼が生きた時代の言葉が詰め込まれている。経験を積むことで、戯曲を考察する材料が多くなっていることは幸せです。若い頃は、ものすごく直情的に、短絡的に物事を見ることしかできなかったから(笑)」

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