プロのピアノ演奏家は、練習を重ねることで「正確で安定した音楽(不確実性が低い音楽)」を弾くことができます。そのため、「少しズレのある音楽(不確実性の高い音楽)」をアレンジとして演奏できます。

 しかし、ズレすぎた(不確実性が増加しすぎた)場合には、修正し、正確で安定した音楽に戻すこともできます。

 プロの演奏家は、この「ズレ」と「修正」をうまく利用して、微妙なズレを生み出します。

 この微妙なズレのくり返しが「ゆらぎ(不確実性のゆらぎ)」であり、この「ゆらぎ」こそが「オリジナリティの高い演奏」「創造性の高い演奏」となると見られているのです。

■初心者はゆらぎの世界で遊べない

 一方、ピアノの初心者は、そもそもズレをズレとして認識しづらいため、この「ゆらぎ」を生み出すことができません。ゆらぎの世界で遊ぶことが難しく、正確に演奏することに全エネルギーを費やしてしまうのです。

 また、練習をせずに「オリジナリティが大切」といって突飛なことをしても、それは単に新しいものというだけで、微妙なズレやゆらぎで遊ぶ芸術とは少し意味合いが異なるともいえます(ただし、それが芸術ではないともいいきれませんが)。

 このように、「機械のように正確に演奏する」だけではなく、「完璧に演奏できるようになったその次のステージ」にこそ、「ゆらぎ」が生まれ、そこに個性や創造性、芸術的感性が宿るのです。

 現在私は、この「ゆらぎ」から生じる個性や創造性について研究しています。もう少し詳しく説明すると、「ゆらぎ」を生み出す脳の学習システム「統計学習」に着目し、研究しています。

 日本では、脳の統計学習を研究している人が比較的少ないため、「統計学習」という言葉自体はじめて聞いた人は多いのではないでしょうか。

 統計学習について、詳しくは拙著『AI時代に自分の才能を伸ばすということ』(朝日新聞出版刊)を読んでいただくとして、ここで簡単に申し上げると、統計学習とは、「次に何が起こるのか」の確率を無意識に計算し、把握・予測する脳の働き・システムのことです。

 この統計学習により私たち人間は、社会環境の中で危険を適切に察知しながら安心して生きていけるようになります。

 統計学習は、生きている環境の中で起こるさまざまな現象の予測の不確実性を下げる働きを担っているのです。

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