大阪をはじめ、都市圏で猛威を振るう変異株。その流行の前兆を、夏川さんは現場で見ていた。

「第3波が終わり、散発的に患者さんが来る中で、めずらしく、若いのに重症化する患者さんが増え始めました。そのころは偶然かと思っていたのですが、あとから、かなりの高確率でそれが変異株であることがわかりました。

 これは大げさに言ったり誇張したりしているのではなく、明らかに違うのです。進行が早く、若い世代でも重症の肺炎を起こしてくる。第3波のときと同じような対応のままだと、亡くなる人も増えると思います。

 ウイルスは連続的に変異していくものです。感染者数が増えていけば、感染の過程で変異が増えてきて、場合によってはより強力なウイルスが現れる可能性もあります。特定の変異株が流行しているから注意しましょうということではなく、より早い段階で、社会全体で対応していくことが必須だと思います」

 小説を書き始めたときから、社会の状況は刻々と変わっている。いま、夏川さんが伝えたいことは何か。

「自分の頭を整理する材料として書き始めた小説ではありますが、できるだけ、医療の現場にいる人の状況を知ってもらいたいという思いもありました。医療現場がどれほど悲惨であるか、どれだけ通常の医療とはかけ離れた状態で、孤独に亡くなっていく人がいるのか、あまり知られていません。いま感染症で入院すると、病棟に隔離され、そのまま家族とも会えずに亡くなっていく可能性もあるのです。

 また、それ以上にいま伝えたいのは、『この感染症に対する正解はない、最善を尽くすしかない』ということです。作品中にも出てくるこの言葉は、私自身が悩みながら本を書いていく過程でたどり着いた答えです。なにか感染症を抑え込むための、素晴らしい方法や、特別な解決策があるわけではないのです。私たちはできることをやっていくしかない。つらいことは多いですが、だからといって誰かを攻撃したり、非難したりしても不信感が増すばかりです。そうではなくて、マイナスの感情にとらわれず、力を合わせて努力していくしかないのだと、私は思っています」

(文/白石圭)