映画、ドラマにもなったベストセラー小説『神様のカルテ』の著者・夏川草介さんは、長野県の感染症指定医療機関に勤める内科医でもある。夏川さんはコロナ診療の現場での壮絶な体験を小説『臨床の砦』につづり、4月に緊急出版した。第4波が到来し一部で「医療崩壊」が現実になりつつあるいま、コロナ診療の現状をどうみているのか。夏川さんに聞いた。
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「この戦、負けますね……」
『臨床の砦』の帯にはこんなセリフが書かれている。主人公の医師が朝のカンファレンスで嘆息まじりにつぶやくシーンだ。
「去年の感染1波、2波のときに、うまくいきすぎたんだよ」
「なんでうちばかりに患者が来るんですか。ほかの病院は何をやっているんです!」
「この感染症との戦いに正解はないと言ったはずです。正解が出るまで待っている余裕もないのです」
登場人物たちは不安のなかでこう口にする。もはや通常の「医療」とはかけ離れた異常状態。近隣介護施設でのクラスター発生、家族との接触をためらい車中泊を続ける主人公、想定を超えて急増する患者。にもかかわらず受け入れ先病院は一向に増えず、濃厚接触と院内感染の恐怖に直面する……限界を迎えたコロナ診療の最前線の生々しい様子が活写されている。これは、第3波に命がけで立ち向かっていた地方の病院を描いたドキュメント小説だ。
医師としてコロナ診療に向き合っている夏川さんは、「どうにもならない思いを文章にぶつけた」と、執筆の動機を語る。
「医療の現場で悩むことや行き詰まることがあったとき、私は思考の整理として小説を書くんです。言うなれば、医者を続ける上でのリハビリのようなものです。今回も、『このままでは医者としてもたないのではないか』と悩んでいたのが書くきっかけでした。毎日修羅場を見ていると、夜眠れなくなってしまうのです。夜の11、12時ぐらいから1、2時間ほどを執筆に充て、1月末から2月の頭にかけて一気呵成に書き上げました」(夏川さん、以下同)