家に帰ってコーヒーを淹(い)れ、麻雀部屋に行った。ルーティンのふたり麻雀だ。よめはんが荘家(オヤ)で四暗刻(スーアンコー)をアガり、わたしはチップを十枚もとられて、たいそう負けた。無料(タダ)でワクチンを接種したというのに三千円もとられたのはいかがなものか(関係ないか)。
悔しいから針金とアルミホイルを隠し持って仕事部屋にあがった。針金を切り、アルミホイルを巻いてからリング状にする。先細のペンチで針金の端を花のように曲げると、さすが芸大彫刻科卒と思えるシンプルモダンな指輪が、たった十分で完成した。腕時計の空きケースに入れて、よめはんのアトリエに行く。
「なに、それ……」「プレゼントの指輪です」
よめはんはケースの蓋を開けた。口をきかない。
「ささ、はめてみて」「ちょっと待って。このシワシワになってるのは?」「秘密です」「アルミホイルに見えるけど」「そう見せてます」
よめはんは右手の薬指に指輪をはめた。
「ちょっと緩いかな」「寸法直ししますか」「いいわ、このままで。ありがとう」
よめはんは指輪をケースにしまい、机の抽斗(ひきだし)に入れた。役者がちがう。こらほんまにポメラートを買わんとあかんかな、と、ほんの一瞬、わたしは思った。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年6月18日号