黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
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※写真はイメージです (GettyImages)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、新型コロナウイルスワクチン接種について。

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 四月末だったか、よめはんとわたしに市から封書が来た。

『新型コロナウイルスワクチン接種券在中』とある。わたしはものぐさだから開封しなかったが、よめはんはその日のうちにネットで接種会場を調べ、次の日にはかかりつけの病院へ行って予約をしてきた。わたしの分もいっしょだからまことにありがたい。よめはんはなにごとも対応が早く、毎年の人間ドックもささっと段取りしてくれる。

 そうして六月二日、オカメインコのマキと寝ていると、よめはんが起こしにきた。

「今日、なんの日か分かる」「はて、なんやろ」「それは“コ”のつく日です」「こどもの日か」「ピヨコは子供なん?」「ちがうような気がするけど」「コロナのワクチンの接種やんか」「おう、忘れてた」

 わたしの度外れたもの忘れは、よめはんがしっかりしているからという甘えがある。若いときからずっとそうだ。

 午後二時、よめはんとふたり病院へ行くと駐車場に仮設テントが張られ、その奥にプレハブの事務所が建てられていた。六十五歳以上の老人ばかりだろう、七、八人が並んでいる。わたしとよめはんは予診票に既往症などを書き、体温を測り、接種券を貼って受付けを済ませた。テントの下の折りたたみ椅子に座って待つこと三分、事務所に入ると医師に体調を訊かれ、もちろん「わるい」とはいわないから、すぐに看護師が注射をしてくれた。筋肉注射は痛いのが相場だが、針が細いのだろう、チクリともしなかった。

 そのあと体調急変にそなえて十五分、病院内の待合室で休憩し、機嫌よく病院をあとにした。次の接種日は六月二十三日だ。

「ハニャコちゃんに任せてたら、なにごとも手際がよろしい。ありがとうね」「じゃ、プレゼント。なにか買ってよ」「なんでも買います」「指輪がいいな。ポメラートの指輪」「了解です」

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