しかし、その意思決定に絶対の自信を持っているわけではなく、組織にNOと言えない自分をはがゆくも思っているし、そうした弱さも自覚している。こうしたエリート官僚が国民の人生を左右する政策決定をして、ときに道を誤るのです。「冴木」はその弱さの象徴として描きたかった。本当は主人公の美貴ともう少しちゃんと結ばれる展開も考えていたのですが、そこまでこの男を許していいのだろうか、などと思い悩んで、本で書いたような結末にしました。そういう意味で、人物造形にとても苦労したキャラクターでした。
――鈴木さんは今でも日本テレビの社員であり、組織に所属するジャーナリストです。そうすると会社や組織の批判はしづらくなりますし、作家として本当に書きたいことを制限されてしまうという懸念はありませんか。
本質的には作家としての「水野梓」と日本テレビの「鈴木あづさ」は別人格です。でも、小説には自分の経験や思考は投影されるものだし、「テレビ局の現役社員」「報道キャスター」という肩書をフラットに見てもらえないことは自覚しています。会社は私の作家活動を認めてくれていますが、社員であるがゆえの制約もゼロではないでしょう。
ただ、私は作品をメディアのありように対して何かを言う舞台とは思っていないんです。小説では、もっと人間の真理や本質を追求していきたい。書くことの原点は、1匹の「黒い羊」にメッセージを投げかけることだと思っています。一方で、100行の原稿を費やしても語り尽くせない真実が、たった5秒の映像に宿ることもある。映像と文字、両方の良いところを生かしていきたいと思っています。
今の社会はポリティカル・コレクトネスが厳しく求められていて、同調圧力も強い社会です。小説における表現も例外ではなく、フィクションであっても“正しさ”が求められる時代かもしれません。でもポリコレが何たるかを知ったうえで、私は“常識”に対して怒りや疑問を抱き続けることが、ものを書くことの原動力だと考えています。私が尊敬する大島渚監督の「反骨こそわが魂」の精神を忘れずに、これからも書き続けたいと思っています。(構成=AERAdot.編集部・作田裕史)
◎鈴木あづさ(作家名:水野梓)
1974年生まれ、東京都出身。早稲田大学第一文学部とオレゴン大学ジャーナリズム学部を卒業後、日本テレビ入社。警視庁や皇室担当、社会部デスク、中国総局特派員、国際部デスク、『NNNドキュメント』プロデューサー、『ニュースevery.』デスクなどを歴任。現在は経済部デスクとして財務省と内閣府を担当するかたわら、BS日テレ『深層NEWS』金曜キャスターも務める。NNNドキュメント14『反骨のドキュメンタリスト~大島渚「忘れられた皇軍」という衝撃』でギャラクシー賞月間賞。9歳の息子を持つ母親でもある。