私には人とうまく関係を築けなかったというルサンチマンがずっとあって、それを文字の世界で癒やしてきました。きっと自分みたいな人間がこの世界にはいるはずだ、そういう人に向けて「どうしても書きたい」という思いは強く持ち続けていました。
――本作はテレビのドキュメンタリー番組が舞台ですが、小説なので発生する事件やキャラクターの造形などはフィクションだと思います。ただ、社会部でキャリアを積んだ鈴木さんが書かれているので、「ここは現実にあったことなのでは」と思わされる部分もあります。物語の中で“リアル”にこだわったところがあれば教えてください。
調査報道の手法については、リアルに描写しました。私たちが事件を取材する際には、本当に一枚一枚の薄紙をはぐようにして真実に近づこうとします。取材対象者に何回も手紙を出して信頼関係を築いたり、靴底をすり減らして何度も同じ現場に足を運んだり、同じ場所で何時間も待ち続けたり。調査報道とは「面倒なこと」の積み重ねであり、地道で愚直な取材だけが人の心を動かして真実に近づくことができる。それは知ってほしいと思いました。
小説を書くうえでは、いきなり協力者が現れて内部文書をくれたり、犯人を知っている人と偶然出会ってしまったりという「飛び道具」を使うとすごく楽なんですが、それは絶対にしないように心がけました。だから逆に、「もどかしいこと」はそのままにしておいて、あえて結論めいた記述をしていないところもあります。人間は白と黒にはっきりと二分されるものではなく、誰もがその中間のグレーだと思うんです。登場人物でもそれは意識して描きました。
――物語には個性的でクセのあるキャラクターが多く登場しますが、特に思い入れがある人物はいますか。
警察のキャリア官僚である「冴木」の造形にはこだわりました。経済部の財務省担当として森友学園問題も取材しましたが、そこで目の当たりにしたのは、エリート官僚たちの“もろさ”でした。彼らは求められている答えを先回りして「解」が提示できる頭の回転と、組織の大義にすぐに順応できる適応力をもって出世してきました。