家康の実態に触れようと、滝田さんは静岡市にある今川家の菩提寺・臨済寺を訪ねた。幼少期の家康が人質として預けられた寺だ。
「人間として基本的なものを身につける一番大事な時期をすごした環境。もしかしたらそこで家康の人格は培われたのではないかと感じたんです」
何度も断られては門をたたき、許された修行僧との厳しい生活の中で、何かをつかんだ。
「他の武将たちはみな、自分の欲望を剥き出しに生きています。しかし家康だけは違う。華美を戒め、自分たちは天下太平のため、天下万人を幸せにするために政治をするんだと。厳しい生活の中で家康は何を学んだかつかめた気がしました。もう大丈夫だと思いました」
家康の質素さは、食事にも表れていたという。
「生涯通して一汁一菜なんですね。将軍になってからも華美な生活はせず、食事はお粥一杯が体にもいいんだと周囲にも話している。人間50年と言われた時代に70まで生きて、世の中を見通していた。あの頭の冴え方も、寺での生活のおかげだと思うんです」
撮影が始まってからは、一気に駆け抜けたような感覚で、記憶はほとんどないという。
「戦国という時代を終わらせた人間がどういう生きざまでどう実現したのか。浅い風評でしか認識されていなかった本当の家康のすごさ、偉大さをしっかり見せるんだという思いでした。ここまで深いものを芝居で求められたことはなかったです。難しかったけれど、ものすごく楽しかった。撮影が始まる前にプロデューサーと制作サイドに『これを演じたら、このあと演じるものがなくなっちゃうかもしれませんよ、いいですか?』と言われた意味もわかりました」
新たな家康像を作り出し、自分の中で、役柄としての家康像は完成したという思いだったという。
「しかし、終わってからさらに楽しくなっちゃいました。家康に本当に惚れてしまって(笑)。もっとマニアックに家康の実態を知りたいという思いで、あちこちに残った記録や逸話を求め訪ね、自分の中で楽しむようになりました」
87年の大河ドラマ「独眼竜政宗」で主役をつとめた渡辺謙さんがプロデューサーに連れられてきて、主役の心構えを教えてやってほしいと言われた。
「教えることなんて何もないと言ったのですが(笑)。ただひとつ、僕自身の経験としては、頭でわかったつもりでも、“演技”なんか通用しない、“本気”だった。それだけでしたと謙ちゃんに言ったことは覚えています」
「どうする家康」では約40年ぶりの家康を単独で主役とした大河ドラマとなる。
「やるからには、おっと驚くような家康の魅力を見つけてほしいですね」
(本誌・太田サトル)
※週刊朝日 2022年12月16日号