里香さんは一部で母親へ反発しながらも、信仰をやめようとはしなかった。なぜ、こんなにも親の言葉や神様の存在に翻弄(ほんろう)され続けたのだろうか。
里香さんは「世界一の母親」に育てられているのに、母の望むような子どもになれない自分をずっと責めていた。そんな悪い自分が、神様の言うことを信じないで従わなければ不幸のどん底に突き落とされるのではないか、そんな強迫観念のような感覚があったという。
「私自身が信仰をやめたら神様に捨てられるのではないか、という恐怖心がずっとありました。生まれた時から続けている信仰から一度でも離れてしまったら、今より不幸になるのではないかと。ある意味、信仰することが自分のセーフティーネットになっていたのだと思います」
今でも忘れられない出来事がある。里香さんが中学3年生の時、いつものように学校へ行こうとした朝のことだった。
「私はあなたの本当の母親じゃないのよ」
母はほほ笑みながら、里香さんにそう言った。
「あなたの本当の母親は神様で、私は肉体だけの親なの。だから、あなたは神様の子。神様に寄り添って生きることが幸せ、運命が開花すれば幸せになるのよ」
この言葉に、まるで世界が反転するような衝撃を覚えたという。
「学校へ行く直前に、本当の親じゃないと言われたショックは今でも忘れられません。神様を通してしか私を見ていない、生身の私自身なんて全く見てくれていないことを改めて突き付けられました。私も母の言うように“自分は神の子”だと思い込めれば幸せだったのかもしれません。でも、私は触れることのできない神様よりも、『あなたの親は私だよ』ときちんと言ってくれる、実体のある親が欲しかった。それ以降、教本の勉強はしなくなりましたが、逆に『母を返してください』と真剣に祈願するようになりました」
美大へ進学して就職した里香さんは、それを機に初めて実家を離れて1人暮らしをスタートさせた。信仰からは少し距離を置きながらも「母を返してほしい」と祈願し続けてきたが、その思いは届いていない。