かつて幼い弟が言った言葉が、巌勝の心を苦しめる。自分が守ってやらねばと思っていた弟が、今や「この世で一番強い剣士」なのだ。しかも、その弟は、自分の苦悩など何も知らない。焦がれてやまない我が弟は、兄を、兄の剣技をどのように見つめているのか。

 やがて、「ある理由」で、自分の寿命が若くして尽きることを知った巌勝は、鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)に遭遇する。無惨は「鬼になって剣技を極めればいいではないか」と巌勝をそそのかす。永遠の命を得て、極限まで自分の剣技を研鑽する、弟の実力を超えるまで。その提案に、巌勝は惹かれた。縁壱に憧れ続ける日々と決別するように、巌勝は「鬼・黒死牟」に変貌する。こうして「神々に愛された男」の兄は、鬼になった。

■巌勝が鬼になった意味

 無惨は、黒死牟を「上弦の壱」として重用した。縁壱亡き後、無惨を除けば、最強の剣士。老いぬ肉体、修復される傷、日々あみ出される「月の呼吸」の華麗な技。しかし、同時に、彼はたくさんのものを失ってしまった。

 最終決戦で、鬼殺隊との戦闘中、黒死牟は日輪刀にうつった自分の姿を見て、「何だ この醜い姿は…」と愕然とする。黒死牟の心は巌勝に戻り、自問自答を繰り返す。なぜ自分は生き続けようとしたのか。醜い鬼になってまで、なぜ弟の生み出した「呼吸」を使い続けたのか?

<私はただ 縁壱 お前に なりたかったのだ>(継国巌勝/20巻・第176話「侍」)

■巌勝が生まれた意味

 決戦の終わりに、巌勝は自分の生まれた理由を考えた。その意味を亡き弟に問いたかった。

<私は一体 何の為に生まれて来たのだ 教えてくれ 縁壱>(継国巌勝/20巻・第178話「手を伸ばしても 手を伸ばしても」)

 巌勝がなりたかったのは、本当に“縁壱”だったのか。幼少期、巌勝は、冷遇されている弟に、手作りの笛を渡し、「つらい時にこの笛を吹けば、兄が助けにくる」と約束したことがあった。巌勝の願いは、「弟を守ることができる、強い兄でいること」だったのではないか。強い兄でいたかったはずの巌勝は、縁壱の強さに目を奪われるうちに、自分の心を見失ってしまった。

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縁壱の暗い心を照らした巌勝