■縁壱の暗い運命を照らした巌勝

<唯一無二の太陽のように お前の周囲にいる人間は皆 お前に焦がれて手を伸ばし もがき苦しむ以外 道はない 消し炭になるまで>(継国巌勝/20巻・第178話「手を伸ばしても 手を伸ばしても」)

 妻子を捨て、子孫を斬り捨て、多くの呼吸の継承者たちを殺害した鬼・黒死牟は、後世に何も遺すことができなかった。

 しかし、化け物のように強く、孤独な縁壱に「助けに行く」と言って、寄り添ってくれたのは、兄の巌勝だけだった。巌勝のこの言葉は、鬼狩りとして、夜に生きるしかない宿命を背負った、縁壱の暗い心を照らした。太陽のような弟は、月の光のように優しい兄の姿を、いつまでも忘れることができなかった。

 たとえ鬼になっても、鬼の呪いにその運命が分たれても、その気持ちだけは、永遠に消えることはない。兄は弟を、弟は兄を、死ぬまで愛した。

◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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