エッセイスト 小島慶子
エッセイスト 小島慶子
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 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

【写真】W杯の試合前に口を覆うしぐさで抗議を示したドイツ代表

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 パースに暮らす次男がサッカー好きなので、オーストラリアのリビングと日本の私の部屋を端末でつなぎながら一緒に試合を見ています。私が前回ドーハでの日本代表のプレーを見たのは、大学生の時。アジア最終予選での日本の敗退、いわゆるドーハの悲劇です。その次のジョホールバルでのアジア最終予選は、現地で取材をしました。日本がワールドカップフランス大会への出場を決めた試合を現場で見て、スタッフと抱き合って喜びました。

 試合終了後の誰もいないグラウンドから中継した際には、夜気の中に近くのモスクから祈りの時間を告げる声が流れていました。現場に行くということは、その国の時間の流れの中に身を置くということです。スポーツイベントの中継はただ試合を見せるだけではなく、試合の背後にある世界の多様さを伝える機会でもあります。

 今回のカタール大会では、開催国カタールの施設建設に従事した労働者たちの搾取や、性的少数者や女性に対する差別が問題視されています。出場国イランでは激しい反政府デモが行われており、ナショナルチームを応援することは政府を支持することになると考える国民も多く、選手は批判に晒されています。

性的少数者の尊厳を象徴する虹色の腕章使用を禁止したFIFAの決定を巡り、試合前にドイツ代表は口を覆うしぐさで抗議を示した
性的少数者の尊厳を象徴する虹色の腕章使用を禁止したFIFAの決定を巡り、試合前にドイツ代表は口を覆うしぐさで抗議を示した

 世界的なスポーツイベントは、同じ競技に情熱を注ぐ選手たちが、さまざまな社会の中で生きていることを世界の人々に知らしめます。生きる喜びを体現し、互いに讃えあうのがスポーツなら、それと現実社会の人権問題を切り離して考えることはできないはずです。「今はそんな話題を避け純粋に応援するべき」という日本のサッカー関係者や政治家の発言は、その本質を軽視しているのではないでしょうか。困難や葛藤の中で人が懸命に生きる現実から目を背け、スポーツ文化の意義を狭めて消費する態度には共感できません。

◎小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。寄付サイト「ひとりじゃないよPJ」呼びかけ人。

AERA 2022年12月12日号