英国の国益という立場から物事を考えないのは、英国がEUを離脱することになったブレグジットの報道でも同様だった。アレックスはそうした視点を、「Helicopter View」と表現した。ヘリコプターが上空から眺めるように、俯瞰して物事をとらえる。けっして、英国の側から物事を見ない、という意味だ。
「英国政府は、FT紙は反英国のスタンスをとっていると考えていましたが、それは違うのです。ブレグジットはFT史上、最もチャレンジングな出来事でした。EUと英国、どちらが得をするのか。われわれは、EUがその果実を交渉ではとると報道したのです」
米国の新聞社とFT紙の姿勢を比較すると面白い。
たまたま、上智の授業でアレックスをインタビューした前の週に、ペンタゴン・ペーパーズをとりあげている。これは、ベトナム戦争当時のアメリカ政府が行った極秘調査で、この調査によれば、ベトナムでアメリカは実は敗北を続けている、つまり介入をすることが間違いということがわかる調査だった。これをニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが入手し、報道をした。合衆国政府はこの報道は、「国家安全保障上の機密」にふれ、国益を損なうとして、出版を差し止めたが、最高裁まで争われたこの事件は、新聞の側の勝利に終わり、差し止めは不当とされた。
この裁判で問われたのは、アメリカの国益と報道の自由のバランスの問題だった。
上智の授業では、「この問題は、すでに日本でも起こっている。ずばり台湾有事だ」として、経済安全保障推進法が成立する過程でも同様の問題があったはずと指摘した。
ところが、アレックスが教えてくれたのは、FT紙はそもそも最初から英国の国益を超越しているということだった。その理由は、主な読者が、投資家や企業などで経済活動をいとなむ人々となっているからだ。その国家的背景は多様だ。
もともとイギリスは、国内市場がそれほど大きくはない。しかし、英語というグローバルな言語の発祥地である。だからこそFT紙や英エコノミストそしてロイターは真の意味でグローバルなメディアに成長していったのである。