そんなところへ、滋賀の知り合いがモリアオガエルの小さな卵塊を持ってきたから、わたしはそれを庭の辛夷(コブシ)の枝にぶらさげて、すぐ下に睡蓮(スイレン)鉢を置いた。十日ほど経つと泡の中で卵が孵化し、オタマジャクシになって睡蓮鉢の中にぽたぽた落ちる。アタマが五ミリほどの黒いオタマジャクシは金魚の餌を食って見るまに大きくなり、カエルになって、その夏中、きれいな鳴き声を聞かせてくれた──。
と、前置きをしておいて、半月前、Kちゃんのよめのミカリンが麻雀をしに我が家に来た。ミカリンは果実酒の瓶にオタマジャクシをたくさん入れていた。
「ひょっとして、モリアオガエルか」「そうやで」
ミカリンは、Kちゃんがオタマジャクシを孵化させたので、そのお裾分けだといった。
麻雀の翌日、わたしはオタマジャクシを庭の火鉢に移した。ちょうど二十匹。体長は四センチ前後で、後ろ足が生えかけているのもいる。メダカの餌をやると勢いよく食った。
あとは自分で生きるんやで──。オタマジャクシは雑食だが、カエルは動物食だ。ミールワームやコオロギを飼っていたころは食わせるものに困らなかったが、いまはいない。庭の虫を食って、またあのきれいな鳴き声を聞かせてくれるのを祈るばかりだ。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2021年8月13日号