「ささいなことで口げんかはしても、決定的ないさかいにはならなかった。つきあいが長いからお互いに言ってはいけないことを言わない暗黙のルールができていたんでしょうね。子どもたちが小さいころは家族4人であちこち出かけて楽しい思い出ばかりです」
それなのに、なぜ?
結婚25年を迎えたとき、夫が彼女に尋ねてきた。「記念日に何かほしいものはある?」と。
「そのときふと、『自由がほしい』と口から言葉が飛び出したんです。長男が成人になって、ようやく肩の荷が下りた時期だったし、私自身が更年期真っただ中で、若いころを思い返して独身時代にもっといろいろなことをしたかったという後悔もあった。そんな思いが口をついて出たんでしょうね」
これに対して、「きみは自由だよ。ひとりで旅行したければすればいいし、やりたいことがあればやればいい」と夫。だが、ユウコさんはそう言われること自体が「うっとうしかった」。
「私、男性は夫しか知らないんです。恋愛は夫だけ。それでいいと思っていたけど更年期を迎えて、もっと独身生活を楽しめばよかったという気持ちが強くなっていた。夫が嫌になったわけじゃないんです。だけど息子が成人になったのを機に、家族という枠組みから離れたくなった」
当時、実家でひとり暮らしをしていた実父の認知症が進み、彼女は迷わず父を介護施設に預けることにした。そのとき夫が「ずいぶんドライだな。オレにはできない」と言ったこともひっかかっていた。
「私は私なりに葛藤したから、ああ、夫はしょせん他人なんだなと感じたんです。施設に入れて介護はプロに任せ、頻繁に面会に行ったほうが父も私も幸せだと信じて出した結論だったのに……」
それでも、自分がドライに冷静に考えられるからこそ、家庭と仕事を両立できていることも感じていた。
「これからは仕事だけに没頭したい。たったひとりでがんばってみたい。結婚しているから、男性とふたりだけで食事をしたりお酒を飲みに行ったりすることも極力、控えていたんです。よく考えればどこか夫に遠慮しているところがあった。だからこそうまくいっていたんでしょうけど。結局、25年間、心の中には少しずつ澱(おり)のようなものがたまっていったんでしょうね」