■コレクターを刺激する

 作画作業は一人で行い、ときに1コマに9時間をかけることもある。その絵の美しさから「アート作品」として捉えられている部分もあると、日本漫画の翻訳・出版を手がけるVIZメディアの門脇ひろみさん(48)は言う。

「アメリカでは“きちんと描かれた綺麗な絵柄”が好まれる傾向があると感じます。伊藤作品は短編を集めたハードカバーのシリーズで、値段も1冊22.99USドル(約2500円)前後と一般の漫画より高め。画集のような感覚で買う方もいるようです」

 伊藤さんも冗談ともつかない笑顔で言う。

「装丁も大変に美しく作っていただいているので、コレクター心を刺激するのかも。アメリカの家は広いので全集のようにずらっと並べて、ぜひインテリアとして飾っていただきたい」

 世界の“Junji Ito”になっても会う人を魅了する穏やかな人柄やそこから生み出される衝撃のホラー世界は変わらない。唯一、気をつけていることは、

「最近は吹き出しの形をあまり縦長にしないように気をつけています。英文にしたときに読みにくくなってしまうので」

 とことん、気遣いの人なのだ。現在は最新刊『幻怪地帯』の新たなシリーズを制作中。

「奇想天外で恐ろしい、私が本来描きたい欧米の怪奇小説のようなテイストの作品を描きたいなと思っています」

 混沌とする世界に、これからも伊藤潤二ワールドが沁み渡っていくに違いない。(フリーランス記者 中村千晶)

AERA 2021年8月9日号より抜粋

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