『鬼滅の刃』では、多くの悲劇が、鬼の始祖・鬼舞辻無惨によって引き起こされた。愛する人を無惨に殺害された者たちは、悲劇を繰り返さないために、鬼と戦う。無惨の振る舞いを決して許すことはできなかった。しかし、無惨は自分の加害行為を「大災と同じようなもの」と言い放った。無惨のこの主張は大いなる矛盾をはらみ、自らを破滅させることになる。無惨がもたらした災厄の正体とは何だったのか。無惨の振る舞い、セリフを通して、彼が体現した「悪」について考察する。【※ネタバレ注意】以下の内容には、既刊のコミックスのネタバレが含まれます。
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■無惨が象徴する「悪」と「悲劇」
『鬼滅の刃』における悲劇は、「鬼」という生き物が存在することから引き起こされる。「人間だった生き物」が、鬼に変えられ、記憶や心の一部を失って、かつての同胞をエサにする。そこからもたらされるのは、数々の残酷な被害。大量の血、切り裂かれる肉体、恐怖と苦痛、愛する人を喪失した者たちの悲嘆が、作中のあちこちで描かれる。
そして、これらの鬼は、鬼の始祖・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)から生まれるのだ。悲劇の根源は鬼舞辻無惨にある。しかし、無惨は人を喰い、虐げることに少しの罪悪感も抱いていない。
<私に殺されることは 大災に遭ったのと 同じだと思え 何も難しく考える必要はない 雨が風が 山の噴火が大地の揺れが どれだけ人を殺そうとも 天変地異に復讐しようという者はいない>(鬼舞辻無惨/21巻・第181話「大災」)
自分の加害行為を責める鬼殺隊に対して、無惨はこんなふうに言い放った。おそらく無惨自身は、心の底からそう思っている。
■無惨が人間を襲う理由
無惨は母親の胎内にいたころから病弱で、治療の過程で偶然に「鬼化」してしまった。無惨もそうであるが、鬼が人間を襲うのは、捕食することが最大の目的である。抑え難い飢餓感をともなうこともあり、人を喰うことは、生きるために、ある意味やむを得ないことでもある。