大自然とは、あらゆる生命に等しく、その力を分け与える。豊かな実りを、癒やしの水を、大いなるエネルギーを。そして、その一方で、地震、水害、雷雨、暴風、寒波、日照りなどの「大災」を与えることもある。正と負の力。それに対して、無惨の加害は、真の恵みを生き物にもたらすものではなかった。
自然の力を前にしては、無惨の行いなど、個体としての身勝手な振る舞いにしかすぎない。無惨は命をもてあそび、「命の循環」という自然界のルールを破ってしまった。
自分だけを愛した無惨は、完全な肉体を得ることもできず、「大自然の力」をその身に宿すこともできず、思いをつなぐこともできないという惨めな結末を迎える。彼は孤独に、無限の地獄を歩き続けるしかなかった。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。