※写真はイメージです (GettyImages)
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 ライター・長薗安浩氏の「ベスト・レコメンド」。今回は、『テスカトリポカ』(佐藤究著、KADOKAWA 2310円・税込み)を取り上げる。

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 山本周五郎賞に続いて直木賞も受賞した佐藤究(きわむ)の『テスカトリポカ』は、暴力とアステカ神話が融合した壮大なクライムノベルだ。

 物語は1996年のメキシコからはじまり、麻薬密売組織による地域支配の実態を見せつける。そこから逃亡したルシアの顛末が語られた後、支配する側のバルミロ・カサソラが登場。自分たち一族はアステカ時代の神官の末裔、と祖母から教えられて育った彼は、当時の儀式に倣い、殺害した敵の心臓を神に捧げてきた。永遠の若さを生き、すべての闇を映しだして支配するその神こそが、タイトルにある「テスカトリポカ」だった。

 しかし2015年、敵対する組織から壊滅的な攻撃をうけて家族を喪ったバルミロは、世界各地を転々とし、再起を期してジャカルタに潜伏。そこで臓器売買をしている日本人の末永と出会い、心臓密売を持ちかけられる。国外逃亡している末永は元は心臓血管外科医で、彼もまた再起の機会を狙っていた……この後、心臓をめぐる新ビジネスが川崎で準備、実行されていくのだが、そこに、ルシアが遺した巨漢の青年ら多彩な犯罪者たちがからんでいく。

 550頁を超える大作ながら、その細部に至るまで隙はない。徹底したリサーチと翻訳ノンフィクションのような硬質な文体が相乗し、冒頭部からリアリティーに引きこまれる。だからなのか、後半、この悪夢のようなビジネスがすでに展開しているのでは、と恐怖感すら覚えた。

 犯罪者の視点から社会を見つめ、構造的な暗部とともに信仰の真実も明らかにしていくこの傑作は、テスカトリポカよろしく、資本主義の深い闇を映しだしている。

週刊朝日  2021年8月20‐27日号