新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって1年延期された東京五輪が幕を閉じた。人の交流を避けることが求められた緊急事態宣言の中、多くの反対を押し切って開かれた大会は、五輪のあり方を問う機会となった。スポーツキャスターの松岡修造氏の視点を紹介する。
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東京オリンピックが8月8日幕を閉じた。開催前から、そして開催中も、賛否両論の思いの渦を感じながら、「賛成」か「反対」か、いや僕は「応援」です! そう心の中で叫び続けた17日間だった。
迷いの中で揺れ動いた僕の心は、オリンピックを通じて救われた。応援しているつもりが、逆に選手たちから応援してもらっていた。
無観客という特別な状況下での開催だったが、選手たちがオリンピックの舞台で戦っている姿は、これまで見てきたオリンピックと何ら変わっていなかった。5年間この瞬間のためにすべてを懸けて過ごしてきた選手たちの思いが“TOKYO”で繋がったのだ。
そんな想いを感じて、これまでのオリンピックとは比べられないくらい、僕は泣いた。特にソフトボール決勝、目の前で見た光景は一生忘れることができないであろう。
金メダルを首にかけた上野由岐子さんに話を聞いた途端だった。上野さんの目から涙があふれた。僕も止まらなかった。前回ソフトボールが実施された2008年北京五輪以降、上野さんの心の動きを13年間追いかけてきた僕の脳裏に次から次へと様々なシーンが蘇ってきた。同時に、敗れたアメリカの選手たちの姿にも心を打たれた。皆泣き崩れていた。監督同士が抱き合ってお互いを称え合っていた。両国共に13年間の重みは変わらない。この東京にすべてを懸けてきたからこその涙に大きく心を揺さぶられた。
コロナ禍で、僕はどこか時が止まっていた。思考も停止していた。そんな中、挫折、絶望を乗り越えてきたアスリートから、「前に進む力、生きる力」を与えてもらった。閉会式を会場で見ながら僕の心は昂っていた。「今回オリンピックを東京で、日本でやってよかった!」