西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「エビデンスについて」。
* * *
【臨床の知ポイント】ポイント
(1)医療の現場でエビデンスを声高に言うのは間違いでは
(2)本来、別物である医療と医学の違いをわかっていない
(3)エビデンスは実は医療者にとって切実な話ではない
医療の現場で「エビデンス」という言葉がよく使われます。ある治療法について「エビデンスがある、ない」という具合に使うのです。そして代替療法は標準治療である西洋医学に較べて、エビデンスが十分でないと批判されがちです。
「エビデンス」は直訳すれば「根拠」ですが、医療の現場では、その治療法が科学的に検証されていることを「エビデンスがある」というように言います。ある薬がある人に、とてもよく効いても、他の人にはどのように効くかを明らかにしないと、エビデンスがあるとは言えません。しかし、代替療法では、ある人にはよく効くけど他の人にはまるで効かない、その違いをうまく説明できないことがよくあるのです。
私は医療の現場でエビデンス、エビデンスと声高に言うのは、間違いではと思っています。そうなるのは本来、別物である医療と医学の違いをわかっていないからではないでしょうか。
医療が戦いの最前線であるなら、医学は最前線が要求する武器や弾薬を届ける兵站部です。哲学者の中村雄二郎先生は著書『臨床の知とは何か』(岩波新書)のなかで、医療を支えるのが「臨床の知」であるのに対し、いまの医学を支えているのは「科学の知」だと説明しています。
兵站部がその性能を高めるためには科学の知が確かに必要です。中村先生によると科学の知とは「普遍主義」「論理主義」「客観主義」によって成り立ちます。しかし、その普遍性、論理性、客観性により武器や弾薬の性能を高めたとしても、それを使うのは医療の側です。武器や弾薬の性能がよくても、最前線で勝てるとは限りません。最前線では、指揮官の経験と直観、作戦参謀の洞察力、兵士たちの勇敢さなどが相まって、戦力を生み出します。