小池百合子氏(c)朝日新聞社
小池百合子氏(c)朝日新聞社

 『百合子とたか子』には、土井さんが本気で女性政治家を増やそうとしていたこと、女性差別法律を変えるために尽力したこと、「マドンナ」と言われた多くの女性議員が、女性運動出身やフェミニスト研究など女性の権利運動に精通していた女性たちであったことなどが記録されている。なにより衝撃を受けたのは、私自身が全く忘れていたことでもあるが、1989年の8月9日、参議院では土井たか子氏が海部俊樹氏を上回った票で内閣総理大臣に指名されていた事実だった。衆議院では海部氏が票を上回ったことから第76代総理大臣は海部氏になるのだが、両院の首相指名が違ったことは1948年以来のことであり、また女性が首相指名されたのも初めてのことだった。

 ページをめくる指に汗が滲む思いになる。もしあの年、1989年の夏に土井総理が誕生していたら……。あれが日本の政治の分岐点、日本の女性の地位の大きな分岐点だったのではないかという想像が止められない。もし土井さんがリーダーになる社会が生まれていたら、もしかしたら小池百合子氏はもっと違うタイプの政治家になったかもしれない。「戦争できる女」をアピールすることがリーダーの素質ではなく、女性の身体を躊躇なくビジネスにできることが経済に強い女性リーダーであるかのような、そんな苦しい選択肢を目の当たりにすることのない2021年だったかもしれない。少なくとも30年前の日本には、人々を熱狂させた明確な女性リーダーのイメージがあったのだ。平和憲法を守ることを使命とし、後続の女性を真剣に育てようとした女性リーダーの姿が。

土井たか子氏と海部俊樹
土井たか子氏と海部俊樹

  1993年の衆議院選挙で、3人の保守女性政治家が誕生した。高市さん、野田さん、田中真紀子さんだ。高市さんは自民党の公認を期待していたが直前で裏切られたため無所属で当選、田中さんも後に入党した自民党に切られ自ら去り、野田氏も郵政民営化に反対したことから選挙区に刺客を送られるというさんざんな目にあう。党にぞんざいに扱われる経験を経ながらそれでも自民党総裁選までたどりついた2人の女性政治家の苦労は私には計り知れないものではあるが、それでも、89年のマドンナたちの明るい希望とはずいぶん遠いところにきてしまったものだなぁと思うのだ。女性リーダーの顔が「鉄の女」系なのが耐えられない。自民党を変えるのではなく、政権を変えたい。政治には軽やかで優しく柔らかい、明るい希望をみたいのだ。

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

北原みのりさん
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