藤井聡太・新叡王は「過去に三冠になられた方は本当に偉大な棋士の方ばかりなので、その点、光栄に思っています」。年度内に四冠、五冠とさらにタイトルを増やす可能性がある(写真:日本将棋連盟)
藤井聡太・新叡王は「過去に三冠になられた方は本当に偉大な棋士の方ばかりなので、その点、光栄に思っています」。年度内に四冠、五冠とさらにタイトルを増やす可能性がある(写真:日本将棋連盟)
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 藤井聡太が史上最年少三冠を達成した。苦手・豊島将之叡王を破り、タイトルを奪取した。最終第5局で勝負を決めたのは、解説の強豪棋士も気づかなかった「桂跳ね」の一手だった。AERA 2021年9月27日号で取り上げた。

【図】竜王戦の日程は?

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「さすがの藤井も苦手の豊島相手では厳しいのではないか」

 そんな声も聞かれた中、終わってみればどうだったか。われら将棋ファンが目の当たりにしたのは圧巻というほかない、史上最年少三冠の誕生劇だった。

 9月13日。東京・将棋会館での叡王戦五番勝負第5局。挑戦者の藤井聡太王位・棋聖は豊島将之叡王(31)を111手で下した。藤井はシリーズを3勝2敗で制し、叡王位を奪取。三冠同時保持を達成した。藤井はまだ19歳1カ月という若さ。羽生善治現九段(50)が1993年に記録した22歳3カ月という記録を大幅に塗り替え、史上最年少での偉業達成となった。

■盤上に運の要素はない

「僥倖(ぎょうこう)」という言葉がある。一般的にはあまり使われない。しかし将棋界では伝統的に使われてきた。藤井の師匠の師匠の師匠の師匠にあたる木村義雄十四世名人(1905~86)もしばしば、勝局のあとで「僥倖」と言った。「思いがけないしあわせ。偶然の幸運」(『広辞苑』第7版)という意味だ。

 2017年。藤井はデビュー以来無敗で29連勝という、信じがたい新記録を打ち立てた。その過程でまだ14歳の藤井が「僥倖」と口にした。要するに、勝てて運がよかったという趣旨のことを、将棋の勝者はしばしば、実感をこめて口にする。

 しかしすべての情報が明らかにされている将棋の盤上において、論理的には運の要素はない。番数を多くこなせば、その人間の実力どおりの成績が残される。木村義雄や羽生善治、あるいは現在の豊島や藤井ら、将棋界の歴史に名を残す名棋士たちは、抜きんでた技量があればこそ、その実力に見合った勲章のタイトルを手にしてきた。

 一方で、目の前の一局の先後を決める振り駒だけは、100%運の要素しかない。5枚の歩を振って表の「歩」が多ければ上位者、裏の「と」が多ければ下位者が先手となる。将棋界では一時期、まじめに統計を取ってみたが、「歩」と「と」が出る確率はそれぞれほぼ50%という、当然の結論が得られた。

 将棋はほんのわずかに、先手番の勝率が高い。それが現代のトップクラスになればその差は顕著。今期叡王戦でも第4局まですべて先手側が勝ってきた。

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