「両足を切られた」とマラドーナに言わしめたあの追放劇で、いったい何が起きたのだと思われる方には、本書の最終第3部「ディエゴは神なんかじゃない」での証言が貴重だ。「教授」の愛称で11年間マラドーナの専属フィジカル・トレーナーを務めたフェルナンド・シニョリーニへのインタビューが読ませる。しかしいまだに憶測を呼ぶナイジェリア戦後の陽性結果について著者は次のように書く。

<彼が唯一断言できるのは、「ディエゴが身体的なアドバンテージを得るために、自らの意思で薬物を使用するようなことはありえないし、そんな必要などなかった」ということだった>

 正邪二元論から離れての魅力解析が本書の真骨頂である。物足りなさを感じる人には、ジミー・バーンズ『ディエゴ・マラドーナの真実』(宮川毅訳)のような正統派ノンフィクションとの併読をお勧めしたい。

 この本の証言者は思いのほか多彩で、元チームメイトの親族やサポーターにとどまらない。13歳当時、宿題レポートのために自宅インタビューに出向いた少年との再会という風にディエゴはいちいち義理堅い。元チームメイトは試合中、マラドーナが相手に蹴られることを望んでいたと語る。怒ったマラドーナの10倍パワーアップが沸き起こるからで、まるで往年の力道山の空手チョップである。92年に28歳で病死した元代表フォワードへの法外な医療費請求に対しては、病院事務所のドアを蹴破って白紙の小切手を叩きつけた。

 誤解を恐れずに言えば、より多くの激しい矛盾を生き抜いた<任侠の徒>だったことが分かってくる。情味あふれる人物の汲めども尽きぬ痛快譚が死してなお私たちの胸を熱くさせる。

週刊朝日  2021年10月15日号

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