ジョブズが逝去してからの10年、世の中ではソーシャルメディアの勢いが増し、人々の対話はどんどんインスタントかつ表層的になった。あまりにも多い浅薄な情報に埋もれて、物事の裏にある深い考えや歴史的背景が見つけにくくなってしまった。ジョブズはちゃんとした報道組織やその論説が重要と説いた上で、「我々がブログの民に堕ちていくのを見たくない」と語っていたが、残念ながら昨今の言論空間はまさにその方向に堕ちていっている。
悪いのはソーシャルメディアだけではない。商業的になりすぎたビジネス書の世界でも、これを真似すれば簡単にジョブズになれる、と表層だけをすくって紹介するものが溢れている。
だが、もし本当にジョブズのように人類規模に影響を与える偉業を成し遂げたいなら、まずは経営者である前に一人の人間として多くの経験を積み、自問自答を重ね自分を深める時間が必要だ。
そういう意味では、今、我々が迎えているコロナ禍という状況は、これまでの時間の流れを断ち切って、これを深める特別な時間にもなりえる。もしかしたら今、このコロナ禍が、人類史の次の偉人を生み出す土壌を醸成しているのかもしれない。ジョブズの記憶が褪せる前に、そんな次代の偉人が登場することを期待したい。(ITジャーナリスト・林信行)
※AERA 2021年10月11日号より抜粋