2010年、iPhone4発売時のスティーブ・ジョブズ。膨大な議論を経て形にするだけに製品への思い入れは人一倍深いのを感じさせた(写真/林信行)
2010年、iPhone4発売時のスティーブ・ジョブズ。膨大な議論を経て形にするだけに製品への思い入れは人一倍深いのを感じさせた(写真/林信行)
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 米アップル社を創業したスティーブ・ジョブズが2011年10月5日に亡くなって10年が経った。映像制作において海藻の不自然な動きを指摘したり、製品開発中はたとえ夜中でも電話をかけたりしたというジョブズ。彼が求める製品はいかにして生まれたのか。そのヒントは「アート」にあるようだ。前編「スティーブ・ジョブズ没後10年」に続き、ここではAERA 2021年10月11日号の特集記事から後編をお届けする。

【若かりしジョブズ氏の鋭い眼差し…当時の貴重な写真はこちら】

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 ディテールにまでこだわるほど製品に愛情を注ぐジョブズだけに、彼がCEO時代のアップルで製品開発を担当することは地獄のような試練だったという。会社に何日も泊まるのは当たり前で、今の日本の基準ではブラック企業認定、間違いなしだ。しかし、それだからこそ得ることができた高い品質や大きな脚光に喜びを感じる社員も多かった。

 仕事への真剣さも違いを生み出す大事な要素だが、そもそも何を目指すかのまなざしの時点でジョブズは他の多くの経営者と異なっている。彼はテクノロジー製品をヒットさせて富を得ようと奮闘したわけではなく、自分の発明品で人類が一段上の高みにあがることを期待した。

米カリフォルニア州クパティーノ「Apple Park」のスティーブ・ジョブズ・シアター」(gettyimages)
米カリフォルニア州クパティーノ「Apple Park」のスティーブ・ジョブズ・シアター」(gettyimages)

 アップルの転換点ともなったThink different.という有名な広告。枠におさまらず大きな目標にチャレンジをしては世界を鼓舞してきたクレイジーな人たちのために、アップルは道具をつくる、というCMだ。そのコピーの大半は広告会社の人間が考えたが、ジョブズ自身が書いた文が一節だけある。「彼ら(クレイジーな天才たち)は人類を前進させた」というものだ。

 ヒッピーだった形跡も感じる全地球視点の一節こそが、アップルの製品に無視できない違いを生み出している。

■妥協のない「美しさ」

 スティーブ・ジョブズは製品をどのようにつくるのか。

 ジョブズの有名な言葉に、「ソクラテスと一緒に午後を過ごせるなら、私が持っているテクノロジーのすべてをそれと引き換えにしてもいい」というものがある。ソクラテスといえば「単に生きるのではなく、よく生きる」ことを説いた人物の一人。「吟味と対話によって一枚ずつ皮を剥ぐように明らかにしていくことのできる動的実体」も説いている。優れた解決方法は、究極にシンプルでエレガントな答えに辿り着くまで、たまねぎの皮を剥ぐようにして議論を重ねることが大事としたジョブズの考えと重なる部分が多いが、彼はこうした真剣な生き方や議論こそが人類を前進させると考えていたのではないか。

 いや、議論だけではない、彼は技を磨くことも重要だと考えていた。アップルの開発者たちには世の中に作品を送り出すアーティストたちのような心持ちで、自らの技を磨きながら、妥協することなく美しさを追求することを求めた。

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アップル独自の企業姿勢を生み出した