481社の創業にたずさわったという渋沢栄一(渋沢栄一記念館提供)
481社の創業にたずさわったという渋沢栄一(渋沢栄一記念館提供)

 NHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公で「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一。渋沢家五代目の渋沢健氏が衝撃を受けたご先祖様の言葉、代々伝わる家訓を綴ります。

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 コロナ禍により経済社会の今まで多くの常識が「破壊」され、また、日本の人口動態の壮大な激動による新しい時代への門が開いている最中で、新しい国家運営体制が発足しました。 

 ただ、朝日新聞の社説は「政権基盤の安定を優先した結果、置き去りにされたのが、岸田氏が強調したはずの政治への信頼回復である」と示しました。このような手厳しい厳しい評価を真摯に向き合って、新総理の調整・調和力で地盤を固められるからこそ、新しい時代への突破力が発揮できる。これが、政治への信頼が回復される道筋になるのでしょう。

 岸田総理は「新しい日本型資本主義」を国家ビジョンとして掲げられています。6月中旬に会長を務める「新たな資本主義を創る議員連盟」のキックオフ会合に私は講師として招かれましたので、岸田総理は渋沢栄一の思想である『論語と算盤』にご関心あると察します。 

 本議連のサブタイトルが「すべての人が成長を実感できる一体感ある国へ」でしたので、現在の社会課題である格差の是正を念頭に置かれている一方で、成長を度外にしていないことも明らかです。現に岸田総理は「成長と分配の好循環」の経済政策を表明されています。『論語』が「分配」、『算盤』が「成長」と解釈しても良いかもしれません。 

 渋沢栄一は道徳と経済が合致すべきと唱えたので、長年、『論語と算盤』は「やさしい資本主義」であると解釈される傾向がありました。ただ、実際、渋沢栄一が残した言葉を読み返しますと、利他への精神、社会のみんなのためという意識が溢れている一方で、かなりの向上心や競争心を感じます。 

 栄一は怒っていました。その怒りとは、日本は、もっと良い社会になれるはずだ、もっと良い企業、もっと良い経営者、もっと良い社員、もっと良い市民になれる。現状に満足していない、未来志向による闘争心が常に沸き立っていたのです。

 『論語と算盤』が出版されたのは大正5年(1916)でした。日露戦争により当時の先進国の仲間入りを果たしてから10年ぐらいの年月を経て、第一次世界大戦による需要で工業生産が増大し、日本は空前の好景気ブームの最中での出版です。

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渋沢健

渋沢健

渋沢健 シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役、コモンズ投信株式会社取締役会長。経済同友会幹事、UNDP SDG Impact 企画運営委員会委員、等。渋沢栄一の玄孫。幼少期から大学卒業まで米国育ち、40歳に独立したときに栄一の思想と出会う。

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「成金」時代に危機感