
その「勘違い」こそが、後に「サージカル(手術用メジャメント)ブラジャー」の開発につながり、手術のゴールが180度転換する大きなきっかけとなった。
「ぼくらは乳房を再建する際、左右対称がいいとずっと思い込んでいたんです。けれど、必ずしもそれが、正解ではない、ということがわかりました」
矢野医師は「形成外科という科は、わりと『職人かたぎ』のところがありまして」と、明かす。
「プロフェッショナルの目で観察して、経験と美的センスで左右の乳房を揃える、みたいな文化があった。一方で、せっかく苦労して移植した組織を削り込むって、抵抗感があるんですよ。それに、もし削って、小さくなりすぎた場合、元には戻せない。ですから、どうしても大きめになりがちなところがありました」
■「エイジングバスト」の教え
ワコールとの共同研究で医師らが突きつけられた命題はきわめて根本的なものだった。
「そもそも、うまくいった乳房再建とは、何なのか」
それを考えるうえで、重要なキーワードとなったのが「エイジングバスト」だった。ワコールは女性の体形変化を知ることの大切さを繰り返し説いた。
「つまり、年齢を重ねることで、バストが垂れてきたり、乳房の上のところがそげるように痩せてきたりする。そういった体形変化が起こってくるので、乳房を下着に収めることを考えると、必ずしも左右対称がいいとも限りません。自家組織を移植する場合、お腹の脂肪は、乳腺とはやわらかさや弾性も違いますから」
そこで、矢野医師らは乳房再建手術のゴールをガラリと変えた。
「これまでは医師が視覚的に乳房を左右対称にすることを手術のゴールにしていたんです。それを、ブラがしっかりフィットする乳房に、ゴール設定を変えました」
そのために開発したのがワコールの3D技術を活用したサージカルブラジャーだ。これを手術中の患者の胸にあてがいながら乳房の再建を行う。