自家組織による乳房再建手術は、腹部の脂肪と皮膚の組織を胸に移植するもので、平均約7時間を要する。
「その際、組織の動脈と静脈を胸の血管をつなぐんですが、血管の直径は平均2ミリくらい。非常に細かい血管を顕微鏡で見ながらずっと集中してつないでいく。しかも、手術の結果は100かゼロしかないんです」
100%血管が通れば、移植した組織は生きる。
「ところが、10%詰まったけれど、90%血液が流れている、という状態は起こりえないんです。血管が細いので、詰まり始めると緊急手術で再吻合をしないと、移植した組織が壊死して、すべて腐り落ちてしまう。結果が如実に表れるので、この手術は体力的にきついだけでなく、メンタル的なプレッシャーも、ものすごく大きい」
■飛び抜けたワコールの3D技術
一方、最近アパレル業界では人体の3Dデータを活用した商品開発や製造が盛んに行われるようになってきた。
ワコールもその一つで、店舗に設置したボディースキャナーを使い、たった5秒で全身の150万点を計測。独自のアルゴリズムによってバストの形状を判定し、最適なブラジャーを提案する「3D smart & try」サービスを展開している。
ワコールはこのサービスを開始する直前の2019年4月、東京・表参道でデモ機を展示した。そこに訪れたのが、矢野医師だった。
「私は昔から『医工連携』、つまり、医療と産業技術との連携に興味があり、さまざまな取り組みを行ってきました。そこにワコールの3D技術が飛び抜けた感じで目に入ってきた。積極的にわれわれの方からお声がけをしました」
矢野医師が注目したのは、ワコールの持つバストに関するさまざまな生体データや、ブラジャーづくりについてのノウハウだった。
■目からうろこの「勘違い」
共同研究が正式にスタートしたのは20年1月。ワコールとの意見交換が始まると、「すごく勉強になった」と、矢野医師は率直に打ち明ける。
「ブラジャーにはカップの種類のほかいろいろなタイプがある。『勘違いしていたな』と思うこともありました」