戦前は「当方のすべての作戦が成功して、敵の作戦がすべて失敗すれば皇軍大勝利」というシナリオを書いた参謀たちがめでたく出世を遂げた。そのせいで日本は歴史的敗戦を喫したわけだが、日本人はその経験からさして学習したようには見えない。今でも「敗北主義が敗北を呼び込む(だから景気のいい話だけしていればいい)」と信じている人たちがわが国の要路を占め、世論を形成している。
今米国の外交専門家が主題的に扱っているのは「米中ロ3国すべてにおいて国運が衰退し、カオス化した世界で米国はどうふるまうべきか」というずいぶん暗鬱(あんうつ)な論件である。でも、その「カオス的世界」の細部を描き出す時、人々の筆致はよく走る。たぶん「ディストピア」についてはできるだけ詳細に描くことによって、その到来を阻止することができるという信憑(しんぴょう)があるからだろう。私もこの点については彼らに同意したい。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2022年11月21日号